小高進の公式ホームページ・600字の教育学
s-1280DSC05988
★2017/10/18(水)★〈Scroll comment〉〈画像〉は、西鉄&西武ライオンズの今季最終戦(ライオンズ●2-5○楽天)後のDAKA古書店跡片隅の光景。葬送の雰囲気やね(>_<)。勝ち負けは別、やるべきことがきちんとできる選手が、もっと増えるといいかなぁ〜。今だと、秋山の守備、菊池、牧田、増田のピッチングくらい。 ☆このHPに登場する【市立久太郎中】、【恵美須小学校】、【恵美須&久太郎ネット】を含む校区・団体・人物等はすべて架空のものです。画像はイメージです。

市立久太郎中
10.18
79b5fb7e
◆【新・職員室通信】――★文化祭準備週間中は、生徒会広報紙『久太郎中伝説』と文化祭実行委員会『文化祭通信』が、『文化祭通信』に一本化している。

 最新の「文化祭通信」からいくつか記事をピックアップすると――

 【1】〈依頼〉恵美須&久太郎地区のサンバチームと久太郎中の合同演奏に使うマラカスを作るので、各自500ミリリットルのペットボトルを用意してください。

 【2】〈依頼〉文化祭テーマ曲を学級の帰りの会で練習してください。

 【3】@2学年ステージ発表の群読場面(平家物語)の練習 A3学年大道具づくりの様子 B1学年展の紙芝居の練習場面等を画像付きで取り上げている。

 秋もめっきり深まり、朝夕の気温がグッと下がってきた。
 文化祭準備の時期になると、教室の窓ガラスが活動する子どものあたたかさでくもりはじめる。
 少し脱線するが、今の僕の心境と関連する話を「文春野球コラム ペナントレース2017」で見つけた。
 梶原紀章氏の「今季で退任・伊東勤監督が伝えたかった想い」の一節だ。

 《鈴木(=鈴木大地)は伊東監督就任1年目の2013年終盤の練習中に問いかけられた事を今も鮮明に覚えている。
 「優勝のなにが、いいと思う?」。
 答えを待たずして、指揮官(=伊東勤)は自ら答えた。
 「野球が最後まで出来る!」。
 力強い口調でハッキリと言った。納得してその場を去ろうかとした。その時だ。
 「まだある」と指揮官に呼び止められた。「日本シリーズはな、秋の匂いがするんだ」。その瞬間の衝撃を鈴木は忘れない。経験した男にしか分からない独特のニュアンス。たまらなくカッコよく誇らしく感じられた。》(抜粋、以上。)

s-1280itotsutomu1
 伊東監督の「日本シリーズはな、秋の匂いがするんだ」をマネるなら――「文化祭の時期は、くもりガラスから子どもの夢と願いが伝わってくる。」

★今週の週報コメント。
 「週報」には今週の教育活動や教職員の動向が記載されている。
 くわえて、久太郎中では週報のトップに、各校務分掌の【今週の最力点】がコメントとして記載される。
 プロ野球の試合等で、攻撃インニングの前にベンチ前でコーチを中心に円陣を組み、攻撃のポイントを確認し合う場面に似ている。

 【総務】=(部外秘)
 【教務】=行事反省の提出率100%で教育改革を実現!
 【研修】=目線の修業! 左右、前後、四隅を含み1周
 【生徒指導】=文化祭準備活動を「絶対安全確保」の視点でチェック
 【保健】=「目の健康」。教室の照明と書く姿勢の指導。
 僕のコメント=「発問+作業」の追究。発問即「必ず全員が何かをする」形に。

d102aa74
★僕のコメントは、最初、【生徒が「できない」ままでスポイルされた状況を排除する授業の創造】――だった。
 先月末に実施された、1・2学年の「3次(2学期中間)試験結果報告書」を見ると、1学年に1つ、2学年に2つ、SD値(標準偏差・Standerd Deviation)の高い教科がある。
 100点から0点までの分布グラフが、極端にいえば、「ふたつこぶラクダ」のようなカタチになっている。
 80点の生徒と同じ数だけ30点の生徒がいるのだ。
 テストの問題にもよるが、こういう状態を僕は【生徒が「できない(30点の)」ままでスポイルされた状況】といっている。
 緊急事態である。
 早急に対策を講じ、脱却しなくてはいけない。
(だから、僕はいつも「学校は部活動をやっている場合じゃない!」というのだ。)

ae65a7f4
 しかし、これを「週報コメント」に記述しても何も変わらない。
 「このインニングはスライダーをねらっていきましょう」というようなボヤけた指示と同じになってしまう。
 根本的な見直しは、今後、教務&研修が中心になり、職員会議等を通して【緊急案件】として徹底した対策を打ち立てることにして、まずは緊急対策として、今週は――「発問」のマズサから、あるいは授業設計のマズサから――学習作業スタート直後に「スポイル状況」に陥らせていないか?をチェックしようというわけだ。
 「発問」あるいは「指示」直後に――
 子ども全員が頭を働かせているか?
  子ども全員が「できない状態」から「できる状態」に挑戦しているか?

a21bebca
★夕刻、「文化祭の時期は、くもり窓ガラスから子どもの夢と願いが伝わってくる」とつぶやいていたら、高校3年の頃、大学で何を専攻するか、哲学か? 文学か? 教育学か?……と悩んだ頃の自分の魂の震えがよみがえてきた。
 哲学のさびしさに僕は長くは耐えられそうになかった。
 文学は趣味でいい。
 結局、哲学の「さびしさ」の反転という意味で【何でも屋さん】の【教育学】を選んだ。
 「僕は【非専門家の専門家】の道に進むのだ」と何度もつぶやいたことを覚えている。
 この選択に悔いはない。
 もう一度、生まれ直すとしても教育学を選びたい。
 ただし、今の僕は、【教育という仕事の内側に僕が存在する】段階……にとどまっているのではないか?
 【僕の内側に教育が存在する】段階……には至っていないのではないか?
 むずかしい問題だ。

a4b68f07
 僕は、僕らの【マニフェスト】がこの問題を解くカギになるのではないか?と思いはじめている。

 《久太郎中のマニフェスト》

【1】学びの喜びと確かな学力の保証をめざし、知的で楽しい授業を創る基礎・基本の修業を徹底します〈プロ教師への道〉。

【2】学校・家庭・地域が協働できる教育システムづくりをめざし、恵美須&久太郎ネット事業を推進します。
 〜保・幼・小・中の連携(垂直軸)に依拠した学社連携・融合(水平軸)の推進〜
 〜学校の教育丸抱え体制を廃し、教育機能の家庭・地域への再配分・再位置づけの推進〜

【3】自他のよさや可能性を認め、互いに高め合う生徒の育成をめざし、生き方の原理・原則を重視した心の教育を充実します。

【4】安全・安心な学校をめざし、危機管理の基本を踏まえた安全管理と事故防止を徹底します。

【5】朝、起きたとき、どの生徒も「行きたい!」と思う学校をめざし、豊かな教育環境の創出に努めます。(「久太郎中のマニフェスト」、以上。)
83b723c5
 きょうの記述はこれでやめる。
 今後、このこと(=僕の内側に教育が存在する、すなわち、自分の生き方の問題として教育を考える)について、もう少し哲学するつもりだ。

6e7e4f92



市立久太郎中
10.13
481b9d23
◆【新・職員室通信】――★僕にとって、それほど意味(価値)があるとは思えないので没にしたいのだが、なんとなく気になる……ということで、しばらく、いや、いつまでも保存している記事がある。
 そのひとつを、以下にコピーする。

〈切り抜き・2006年「読売」〉←もう10年以上も前の切り抜きだ。

 三輪中は、「安定した学校」(筑前町議)と映っていた。
 バレーボール部に所属していた男子生徒も、きちんとあいさつする少年で、同級生らから「キモイ」「目障りだ」と言われても笑顔を絶やさなかったという。
 このため、いじめていた生徒の一人は「笑っていたからいじめになるとは思わなかった」と振りかえる。
 三輪中では、生徒の様子を話し合う会議が定期的に開かれていたが、いじめの解決はクラスの担任教諭任せの傾向が強かったようだ。
 教師同士が情報交換する機会を作り、学校全体でいじめの解決に取り組む体制があれば、男子生徒の笑顔の裏側が把握できたかもしれない。
 男子生徒は自殺した当日、クラスで何度も「死ぬ」と漏らしていた。
 同級生と話し合って、遺書まで作成していたが、学校側には情報として伝わっていなかった。
 生徒との信頼関係を築くとともに、「相談しやすい」雰囲気を作り、学校全体が「組織的な感受性」を高めることが何より求められている。〈吉田尚大〉(切り抜き以上)
93ae6516
 「〜ようだ」「〜かもしれない」と、大切なところはぼかしつつ、しかし、内容的には、対象(ここでは三輪中)に対してはきっちり詰問調で糾弾する。
 そして、最後は抽象的、総花的な理念を提示しつつ、「〜求められている」でしめくくる。
 報道機関によくあるパターンだ。
 「あんたも教育現場で汗をかいてみろよ!」
 不快感が先にたった。
 にもかかわらず、後生大事にもちつづけていたのは、なぜか?
 それは記事の最後の「組織的な感受性」という語がひっかかったからだ。……
 「組織的な感受性かぁ〜」
 「うまいこと、言うもんだなぁ〜。」
 僕が日々、僕自身のことで、あるいは、学校のことで、苦しみ、悩み、悪戦苦闘していることをひとことで言い当てられた……そんな感じだった。

327aa925
★「組織的な感受性」――

 僕が、公立中学校の現場で組織的に高めなくてはいけないと思っている感受性のポイントを粗く2つ示す。

 ひとつは、次の(1)〜(4)の【一人残らず、すべての子ども】ということに対する感受性だ。
(1)教師は、一人残らず、すべての子どもの可能性を信頼すべきである。
(2)教師は、一人残らず、すべての子どもの個性力量に依拠すべきである。
(3)教師は、一人残らず、すべての子どもに生きる勇気を与えなくてはならない。
(4)教師は、一人残らず、すべての子どもに知識と知恵と技を育てなくてはならない。

 「一人残らず、すべて」に対する感受性について、僕は、教師と子どもの間に大きなズレがあると感じている。
 教師と保護者との間にも大きなズレがある。

908bbfca
★僕らが最も大切にしている「学力保証」(=狭義の学力規定)に限定していうなら、公立小・中学校においては、子どもはズバリ!「一人残らず」、全員100点でなくてはいけない。
 ま、経験的にいうと、きっちり100点というのはちょっと厳しい。
 「ほぼ100点」で諒とせられよ……、すなわち、「90点以上」あるいは「80点以上」なら可……という意味だ。
 これなら、今の学習指導要領が示す学習内容程度なら軽くクリアーできるはずだ。

 なのに、現実には、全員80点以上でないのに公立中学校に送り出してくる公立小学校がある。
 全員80点以上でないのに高等学校に送り出す公立中学校がある。
 (だから、僕はいつも「学校は部活動をやっている場合じゃない」というのだ。)

 「うちの子は家庭教師をつけろということですか?」「いい塾をさがせということですか?」と言ったお母さんのことばが僕の耳に突き刺さっている。

 公立学校教員の「感受性」が、めちゃくちゃ、ズレているのだ。

05380555
★ちなみに、「いい授業」「知的で楽しい授業」(授業後のケアも含む)で全員80点以上が保証できる学校は、経験的に、いじめも不登校も非行も、また最近、話題になっている体罰の「暴力連鎖」問題も、ぜんぶ解決できる。

 「ちなみに」の「ちなみ」、脱線になることを恐れず、体験に即していうと――
 いじめが多い学校は、ま、そのほとんどが、授業がまずい。
 非行が多い学校は、ま、そのほとんどが、授業がまずい。
 不登校生が多い学校は、ま、そのほとんどが、授業がまずい。
 教師がいい授業ができるようになれば、そのほとんどが解決できる。
 授業がまずいまま、いくら生徒指導的な対策を講じてもほとんど、いや、まったく効果はあがらない。
 一件のいじめの解決に四苦八苦しているあいだに、まずい授業が数件のいじめを発生させる。
 ひどい学校のひどい例だが、授業中、子どもをいじめる教師がいる。
 子どもをちゃかす(茶化す)のである。
 困らせたり、恥ずかしがらせたりして面白がる。
 まわりの子どもが大笑い。
 教室は毎時間、爆笑の連続。
 よくある図だ。
 自分の授業が受けていると勘違いするバカ教師。
 マネするバカ教師まで出てくる。
 これがいじめの原型になる。
 いじめ・不登校の大発生源だ。
 ほんとうになさけない!
 しかし、このなさけないことがはびこっているのが日本の学校の現状だ。
 くりかえす、こんな状態で、いくら生徒指導的な対策を講じてもほとんど、いや、まったく効果はあがらない。

 教師が、「一人残らず、すべての子ども」に対して、組織的な感受性を高め、いい授業ができるようになれば、そのほとんどが解決できるのだ。(以上、「【一人残らず、すべての子ども】対する感受性」について)。

 もうひとつは、【危機】への組織的な感受性だ。
 ただし、紙幅が尽きてしまったので、次号にまわすことにする。

★画像=闘い(体育祭)の終わり。

◆【おはよう!引き明けの街を疾駆!】――★《あちこちの出版社にも前借り。/前借りをすれば、当然、返済に迫られる。/ああ、既にもう限界、限界、限界!》
 この限界を自分の力で押し拡げようと、今、柳美里さんは、寝巻き(本人の話によると「ネグリジェ・下着なし」)のまま、毎日座りつづけ、書きつづけている。

★この崖っぷちの疾駆感、憑依感、正面突破感が、柳美里さんの魅力だ。
 お金があるのはいいことだ。
 でも、「ない」ことから生まれるものもたくさんある。
 原点は根無し草。
 原点に還って、何がやれるかを見つめ直す。
 先になにがあるかは行ってみないとわからない。
 「貧乏暇なし、不服もなし」。

★ふと、次の次の次のNHK朝ドラは『小高で本屋を開く・柳美里物語』がいいかもしれないと思った。
 希望をいうなら、柳美里VS.福田和也の場面を必ず設定し、さらにNHKにお願いするなら、福田和也つながりで自刃した江藤淳を登場させてほしい。
 ラストシーンは「フルハウス」の開店とその日常。
 小高の高校生たちの存在がリアルに感じられる現実場面と融合させると最高だ。

 つづきを読む ★次の次の次のNHK朝ドラは『小高で本屋を開く・柳美里物語』がいいかもしれない。疾駆と憑依と正面突破感!



ここでしか買えない、こだわりの工場直営インテリアショップ


市立久太郎中
10.09
57489b9c

◆【おはよう!引き明けの街を疾駆!】――★久太郎中では、文化祭の日に、カリンを、ご来校の方々にもらっていただくのが恒例になっている。
 それに間に合うように、かつ、ぎりぎりまで熟させて。
 今年の出来は、画像のように、まずまずだ。
 実が大きくなりすぎると、味がおおざっぱになる。
 今年は最適だ。
 校歌の一節に「わたりくる大気芳し」とある。
 その大気にカリンの香りが混ざっている。

1c722261

◆【新・職員室通信】――★僕は、新しく赴任する(公立)中学校が決まると、まず、その学校の保健体育科の教師をチェックする。
 経験的に、保健体育科がしっかりしている学校は、基本的生活習慣がしっかり身についている。
 逆に保健体育科が弱いと、(経験的に)学校はきわめて不安定な状態に陥る。
 もちろん、これは、どの教科も同じことで、ひとつの教科が崩れると、やがて学校全体にひろがる。
 しかし、保健体育科の弱さに端を発した崩れ方は他教科の比ではない。
 もう、メチャクチャである。
 保健体育科の弱さを他教科でカバーし切ることはできないのだ。

★僕は次に国語科の教師をチェックする。
 国語科の授業で、「読む力」「書く力」「聞く力」「話す力」をしっかり身につけ、その力を各教科で活用し、各教科の目標を達成していく。
 だから、学力の高い中学校には、必ず力のある国語教師がいる。
 (ま、かりに中学校の国語教師団がパッとしない場合でも、同じ校区の小学校の段階で「読む力」「書く力」「聞く力」「話す力」がしっかりと身についているというケースもある。それでもOKだ。僕らの地域では、経験的にこのケースのほうが多い(*^_^*)。それくらい、小学校教育の、小学校教育以降の教育への影響は大きい。特に小学校段階の国語は重要! 一生を左右する!)

 同じ理屈で、音楽科が支えている部分、美術科が支えている部分(固有・共有両面)等々――スペースの関係でくわしく述べることはできないが――これらの総和が、その公立中学校の教育になる、力になる。
 公立中学校教育の大きな魅力だ。
 同時に、恐いところでもある。

★やや脱線するが、ここを見れば、この学校に「力のある国語教師」がいるかいないかが――詳細な学力分析データ等を見なくても――わかる……というポイントがいくつかある。

(1)教室の背面黒板にある【教科連絡板】

c788c980

 【教科連絡板】に書き込むのは、学級の教科係だ。
 ふつう、各教科2名。
 2名×9教科=18名。
 学級の半数以上がかかわっている。
 だから、この記述の仕方をみると、この学校の国語力がわかる。
 力がない場合は「いつもどおり」「いつもと同じ」などと走り書きしてある(ひどい場合は「いつもどうり」と誤表記になっていることもある)。
 この画像にある【教科連絡板】は、比較的いい状態にあると思う。
 僕が撮影したとき、傍らに「国語辞典」が据え付けてあった。
 すばらしい!!

54aa3818

(2)生徒総会・生徒集会、話し合い学習等の生徒たちの話し方。

4dd89d28

 発声がしっかりしている。
 くわえて「接続詞」が適切に使われている。
 「接続詞」には次のような種類がある。
 順接=だから、それで、したがって、すると……。それなら、それでは
 逆接=しかし、が、けれども、ところが……。
 並列=また、ならびに、および、かつ
 添加=そして、それに、それから、しかも……。
 対比=一方、逆に、反対に
 選択=または、それとも、あるいは、もしくは……。
 説明=なぜなら、というのは、だって……。
 補足=なお、ただし、だた、もっとも、ちなみに……。
 言換=つまり、すなわち、要するに……。
 例示=例えば、いわば……。
 転換=それでは、では、さて、ところで……。
 これは国語科を中心に他教科・他領域と連携して地道な積み重ねが必要だ。
 「接続詞」が適切に使えるようになると、中学生の目のカタチ、輝きが違ってくる。

ce5855c2

 (3)授業中の廊下を歩いていると、日本語の音読が聞こえてくる。


 英語の一斉読。
 歌声。
 それに混じって――というか、押し分けるように日本語の音読が聞こえてくる。
 国語はもちろん、社会、数学、理科、技術家庭なども、50分間の授業の中で、声を出させる場面を小刻みに設定している。
 「いっしょに読みましょう」
 「全員起立、3回読んだら座りましょう」
 「念のためにもう一度読みましょう」等々……。
 「声に出した」ほうが「声に出さない」よりも大きなパワーが出る。
 いわゆる「シャウト効果」だ。
 10%〜30%、パワーが上がるといわれている。
 逆にいうと、「声に出さない」と、10%〜30%、低いパワーで授業を受けていることになる。
 音読は中学生の思考を活性化する。
 音読はパワーだ。
 いつでも音読!
 何でも音読!
 どんどん教科書を読ませよう!
 どんどん板書事項を読ませよう!
 どんどんプリントを読ませよう!
 ただし、あまり長い部分の音読はだれてしまうから注意が必要だ。
 音読のポイントを短く限定して、繰り返すのが効果的だ。

257b1ed6

ace740d4

cae0d738

 (4)ノートや作文の文字がしっかりしている。
 粗く(1)〜(4)と例を示したが、例の中でも述べたように、これらは国語科教師を中心に、他教科・他領域としっかり連携がとれている、あるいは、国語教育を中核に据えた学校教育が展開されている……ということだ。







     



2017-10-18
s-1280DSC05976
★【新・職員室通信】=「市立久太郎中日記」がユルユルとスタート。
 課題――
 @もう少しバンバンできるといいなぁ〜。
 A松田大夢さんのパジャウ族の村への投企度に比し、僕の市立久太郎中への投企度が、まだまだ弱い、本気度が足りない、未来へ自身の魂の投げかけを恐れている。
 B岩田リョウコさん(=『I Love Coffee』)の「パッと見てパッと感じさせる」ビジュアル力に比し、僕のは全然。
 今後の課題は、「バンバン」、「投企」、「ビジュアル」、アッハハハハハ(*^^)v。

 気持ちは落ち着いている。
 ま、2018年8月15日まで、ブレないでやっていこうと思っている。 

 〈画像〉=ニューカレドニアの斧。昔、仕事で滞在したときの、自身への土産。




2017-10-12
 s-1280s5
★今の僕の精神状態(=心境A・B)。

 =【パジャウ族と暮らす松田大夢さんにノックアウトパンチ的刺激を受ける】

 今の僕には、松田大夢さんのような――パジャウ族の村に突入→パジャウ族の女性にプロポーズ→ゲストハウス創設→パジャウ族ツアー企画――(というような)決断力も投企「力」(註@)もない(そもそもウォシュレットがないと生きていけない(ノ_・。)。)。

 ☆註@=「投企(とうき)」とはハイデッガー哲学の概念。被投という形で生を受けた人間は、常に自己の可能性に向かって存在している。可能性の発見&創造のために自分自身を未来に投げかけていく。これが投企である。(wikipedia参考)

 パジャウ族の村はダメでも、しかし、愛する久太郎中の世界になら投企は可能だ!
 自己の可能性に向かって「突入」。
 ただし、時間は限定。
 2018/08/15までの十ヵ月とする。

 =【岩田リョウコさんのBLOG『I Love Coffee』にジャブ的刺激を受ける】
s-1280ilovecoffee
 岩田リョウコさんのトピック「Coffee」を、僕の場合は「公立中学校」&「教育コミュニティ」に入れ替えればいい。ただ、それだけの話だ(*☆*―― やった ――*☆*)。

 ということで、現在の僕は、前向き、楽観的、肯定的、やや挑戦的、やや冒険的。

 デッキから差し込む朝の光を受けながら、コーヒーを沸かし、音楽を聴く余裕ができた。
 けさは、ベートーベン「弦楽四重奏曲 嬰ハ短調 作品131」(ガルネリ弦楽四重奏団)。


2017-09-15
s-1280DSC05901
★ひるがえって、僕のこと。
 僕の記述には、崖っぷちの疾駆感も憑依感も正面突破感も、スッポリ抜け落ちている(>_<)。
 何もない。
 だから、おもしろくないのだ。
 僕の絶不調の原因。
 現在、『職員室通信』がストップしている。
 「通信」というのは「疾駆感」と「正面突破感」が命だ。
 それが欠落しているのだからストップするのも当然だ……トホホ(>_<)という感じである。

 つづきを読む ★疾駆感と正面突破感のない「トホホ(>_<)感」と正面から向き合ってみようと考えていたらJアラート発令!
 

2017-09-13
umiri2
★「小高で本屋を開く」――JR小高駅近くの土地家屋購入で2050万円。
 家屋修繕とハウスクリーニングで281万円。
 次々と発生・発覚した故障や破損の追加工事で300万円。
 今後の本屋開店、劇団旗揚げ等で、必要な資金はどんどん膨らんでいく。
 くわえて、来年、息子さんの大学進学(どこかに合格できたら)その入学金と授業料。
 あと数ヶ月、すべてゼロから作り出さなければならない。
 あちこちの出版社にも前借り。
 前借りをすれば、当然、返済に迫られる。
 ああ、既にもう限界、限界、限界!

 この限界を自分の力で押し拡げようと、今、柳美里さんは、寝巻き(本人の話によると「ネグリジェ・下着なし」)のまま、毎日座りつづけ、書きつづけている。
 この崖っぷちの疾駆感、憑依感、正面突破感が、柳美里さんの魅力だなぁ〜。
umiri3
 つづきを読む ★次の次の次のNHK朝ドラは『小高で本屋を開く・柳美里物語』がいいかもしれない。疾駆と憑依と正面突破感! 



umiri1

2017-09-12
s-1280DSC05890
★年始めから年甲斐もなく「自分を変えよう」と、もがいていた。
 結論=「僕は僕でしかない」☆アハハハハ。
 半年以上、グルグルまわって、苦しい思いをし、ま、元の場所に還ったということ……。
 でも、正直、ホッとしている。
 ずっと休んでいた、早朝ジョギング=【1に足腰、2に文体、八戸ぐらし、引き明けの街を走る!】も再開。

s-1280DSC05893
s-1280DSC05895

 つづきを読む ★やっぱり、朝の八戸の街は、いい。透明になった僕の魂が、垂直に、あるいは水平に突き抜けていく! 



s-1280DSC05891

2017-08-25
imagetowadaw
★ゴールの後、道の駅「奥入瀬ロマンパーク」で一息つき、雨に濡れた身体をかわかした。
 僕はピルスナーを注文し、乱右衛門Тはメロンソーダを飲みパスタを食べた。
 「教育だけが人生だ」が口をついて出てきたのは、このときだったように思う。

 思いだしていると、ツーンとくるよ。



 つづきを読む ★江藤淳は死んだが、僕は生きている。乱右衛門Тも、きっと、どこかで生きているはずだ



2017-08-24
s-1280DSC05794
★画像=夜のDAKA古書店跡玄関。ここがいちばん、ココロが鎮まる。
 この椅子に座り、ひとり、ブラックニッカを飲んでいる僕が僕は好きだ(*^_^*)。
 今度、お金が入ったら、本棚屋(=北欧パイン無垢の本棚を気軽にサイズオーダー)て書架をひとつ(高さ=230センチ、横幅=50センチ、奥行き=15センチ)造ってもらうつもりだ。

 つづきを読む ★ここがいちばん心が鎮まる



2017-08-22
s-1280DSC05851
★僕のBLOG『通信・月の砂漠とレトルトカレー』の更新が6月下旬から、パタッと途絶えてしまった。
 すでに休刊2か月。
 毎日、毎日、寝る前に「ああ、きょうも発行(あるいは更新)することができなかった」とため息をついている。
 本日もダメ、更新はムリ。
 足かけ18年、Web更新をつづけてきた。
 これができなくなるというのは、結構、くるしいものである。

 つづきを読む ★この記事を、今、読み返してみても突然「途絶え」なければいけない理由も気配も感じられないのだが……
s-1280DSC05854
s-1280DSC05855






1 ★「うちの子はいい塾をさがせということですか?」学校教員の感受性がめちゃくちゃズレている
2 ★公立中学校の決め手は力のある国語教師の存在!それが一目でわかる4つポイント
3 ★散歩の途中、黒糖焼酎「喜界島」を衝動的に購入。「くろちゅう」と呼ぶらしい。オンザロックで飲む
4 ★教室内CO2濃度を下げて、思考力をアップしよう! 二酸化炭素濃度を基準内に抑える換気方法とは?
5 ★教師修業シリーズ「地域情報交換会特集号は各団体活動や相互連携のふりかえりや価値再発見の触媒だ」編
6 ★団地ともお型・よしもと型・みつお型・よしのぶ型、子どもはタイプ別に育てる! 粗く2軸・4分割で分類
7 ★やってよかった「総合文化部」! 公立中学校改革の本丸「部活動改革」の【裏ワザ】【秘策】【奥の手】
8 ★教師修業シリーズ「帰りの会で鍛える。30秒間スピーチ。スピーチの中に必ず3種類の接続詞を含む」編
9 ★教師修業の工夫――模擬授業方式か? ストップモーション方式か?(教師修業シリーズ・職員室通信)
10 ★教師修業シリーズ「調査書作成委員会〜力のある学校への道」編


SZK
Eipapa File 
乱・桜隼旅情チャット 
八戸日常PHOTO掲示板 
カプリ姫 
総合文化部IS部長 
edu600(倉庫)
特集画像入口
旧チャット  
 Amebablog 大阪野郎が闇の極限めざして
ココログblog 大阪野郎
seesaablog 600字の教育学
livedoorblog 600字の教育学
 第2ホームページodaka.orz.ne.jp
 第3ホームページosakayaro.web.fc2.com
 gooblog 600字の教育学
 旧職員室通信bP
 旧9職員室通信bQ
 
旧DAKA哲学
 故障中のCHAT
 旧・無人駅線(fc2サーバー)
 旧・みなみネット(fc2サーバー)
 旧profile