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★2016/05/18(水) ★〈Scroll comment〉ひさしぶりに引き明けの街・八戸を走った。僕は三日町・十三日町・廿三日町界隈が好きだ。「ま、だから、美しい(^_^)v。」ここ2、3日、ようやく原稿用紙に向かおうという気持ちになってきた(^_^)v。 ☆このHPに登場するMINAMI中およびSamurai中、Samuraiネットを含む団体・人物等はすべて架空のものです。
続・すこ通信
05.26
【続・すこやかみなみネット通信】
★生徒総会後の講評2点――(1)ものごとの経過をわかりやすく整理し、コンパクトに伝える表現力を磨こう。
(2)人生の修業には「荒行」と「凡事徹底」の2種類がある。後者に注目すると人間はさらによりよく変わることができる。

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★5/10、5・6校時、生徒総会。
 生徒総会の終わりに、僕から「講評」を述べた。
 記憶を頼りに、講評を再現すると――

〈講評1
 きょうの生徒総会までの流れは――〈1〉生徒会本部の提案→〈2〉「ミニ生徒総会」(提案を各学級で話し合う)→〈3〉「代議員会」(各学級の意見を出し合って議論する)→〈4〉生徒総会……というふうになっています。
 こういうふうに、ひとつの「提案」に対して、続・すこ中生全員がかかわって、ひとつの方向を打ち出していく「システム」「しくみ」を大切にしましょう。

 この「しくみ」に関して、わたしから提案が1つあります。
 「ミニ生徒総会」で意見を出し合い、それを各学級の代表がもちより「代議員会」で激論をしたわけです。
 わたしも代議員会に出席しました。
 「いい議論をしているなぁ〜」と感心しました。
 問題は、その「いい議論」が、続・すこ中生全員に伝わっているか?……ということです。

 代議員会に出ていない大多数の人は、自分が参加した「ミニ生徒総会」と、きょうの「生徒総会」提案のあいだにギャップがあって、「あれ? なぜ、こういう提案になったのか?」……と、疑問に思った人もあるのではないか?
 あるいは、ある案件は「生徒総会提案」となり、ある案件は「生徒総会で議論」となった……この違いの理由がわからないという人もあるのではないか?

 ですから、次回の生徒総会に向け、生徒会本部を中心に、代議員会の議論の経過を生徒総会前にどこかで――例=各学級で、あるいは生徒総会スタート時に――わかりやすく整理し、コンパクトに伝える方法を考えてほしいと思います。

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〈講評2〉 
 人生というのは、さまざまな修業を通して、よりよい人間になっていくという面があります。
 その修業の仕方について、わたしは、粗く2種類あると思っています。

 1つは「荒行(あらぎょう)」です。
 三味線奏者が、三味線が血に染まるまで弾きつづけたという話を聞いたことがあります。
 王選手は、昼間、屋外での打撃練習の後、部屋で夜遅くまでバットを振ったそうです。
 こういう修業に、魅力を感じることがあるし、また時に、こういう修業をやらなくてならないということもあるでしょう。

 しかし、修業というのは、この荒行がすべてではありません。
 もう1つの修業は「凡事徹底(ぼんじてってい)」。
 「凡事」=やろうと思えばだれでもできること。
 そのやろうと思えばだれでもできることを徹底してやり抜くという修業。
 今、マーリンズでメジャー通算3000安打をめざしているイチロー選手は、きっと、このタイプでしょう。

 わたしは、この、やろうと思えばだれでもやれる、しかし、それをやりつづけることはむずかしい……やりつづけている人はなかなかいない……、そういう凡事を徹底する修業を大切にしたいと思っています。
 きょうの生徒総会で、みなさんと話し合った活動内容は、すべて、この凡事ですよ。
 凡事なんだけど、やりつづけている人は少ないし、やりつづけることはむずかしい。
 これを、みんなでやりつづけるという修業を通して、よりよい人間になっていこう、みんなで「凡事徹底」を積み上げてよりよい続・すこ中を創り出していこう……と思っています。(「生徒総会講評sumally」以上)

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続・すこ通信
05.23
【続・すこやかみなみネット通信】
★学ぶにしても教えるにしても「基本のカタチ」というものがある。これがしっかり身につかないと、なかなか向上しない。続・すこ中では、いくつかある、そういう「カタチ」から、最低、これだけは……というものを生徒用5つ「学力向上の5原則」、教師用5つ「授業力向上の5原則」を選び出した。

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★5月の連休明け、生徒朝会で生徒会・学習委員会から「学力向上の5原則」について、実演+張りもの付きのプレゼンテーションがあった。

 本校の「学力向上の5原則」=〈力のある生徒への道〉
 @授業の目標やねらいをしっかりとつかもう。
 A話し手にへそを向けて聞こう。
 B正しい発声をし、適切な声量で発言しよう。
 Cノートは速くていねいに書こう。
 D作業・活動に素早く取り組もう(学力向上の5原則、以上)。

 この「学力向上の5原則」=〈力のある生徒への道〉と、教師用「授業力向上の5原則」=〈プロ教師への道〉が、表裏一体となっている。
 本校の〈授業力向上の5原則〉
 bP=授業の目標、ねらいを明確にする。
 bQ=指示・発問は全員に、短く限定して述べる。
 bR=達成状況を確認して授業を進める。
 bS=1人1人のがんばりに気づき、認める。
 bT=全員に50分間の学習活動を保証する。(授業力向上の5原則、以上)

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★学ぶにしても教えるにしても「基本のカタチ」というものがある。
 これがしっかり身につかないと、生徒も教師もなかなか向上しない。
 続・すこ中では、いくつかある、そういう「カタチ」から、最低、これだけは……というものを、「生徒用5つ」「教師用5つ」を選び出したのだ。

 既に何年か積み重ねてきたから、続・すこ中では、これが「当たり前」になっている。
 4月に入学した生徒も日々の授業をとおし、自然に身につけ、続・すこ中生らしくなってきているのだが、念には念を入れて……ということでこの時期にプレゼンテーションを実施した。

 それにしても学習委員会の寸劇は、先生役が「らしく」て驚いた。
 指示が明確。
 声と顔の表情がじんわりと優しい。
 教師と生徒たちのやりとり、一斉形態から班活動への転換、班活動の生徒と生徒のやりとり……と、日常の授業レベルがリアルに反映されていて、すごくうれしくなった(*^_^*)。

 なお、教師用にもプレゼンテーションがある。
 模擬授業形式で、研修部の教員が教師役、他の教員が生徒役になって行う。

 転入教員のほうは生徒のように日々の授業を通して自然に……というわけにはいかない。
 築城三年落城一日。
 授業がマズイと学校は簡単に壊れる。
 急がなくてはいけない。
 しかし、これまでの我流は――僕も含めてm(_ _)m――簡単に抜けるものではないのだ。
 だから、ことばは悪いが、まずは強制、丸ごとインストールということになる。

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◆スマイルゼミ◆中学生向け通信教育

続・すこ通信
05.11
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【続・すこやかみなみネット通信】――★早朝、たまたま、廊下の書架を見たら――「たまたま」という副詞は、作者の故岩見百丈氏にははなはだ礼を失する修飾語になるが――詩集『帰途』が目に入った。
 目に「突き刺さる」というのではなく、僕のカラダに「へばりついてくる」――岩見さん、ゴメンm(_ _)m――といった感じだった。
 他の書物は目に入らなかった。
 妙だが、黒っぽい背表紙に白く刻まれた詩集『帰途』の文字だけがそうなった。

 詩集を手にとる。
 たまたま――ああ、また「たまたま」だm(_ _)m――開いたのが、次の「木」という作品だった。

 「木」

《無意味
 とでも呼ぶしかないようなものが
 棒のかたちして立っている
 どうだ おれはこうして立っているぞ
 と言わんばかりに
 いや 事実そのものは言っているのだ
 おれをおいて世界はないと
 何に向かって言っているのか
 という問いはもはや成り立ち得ない
 おれが倒れれば世界は倒れる
 おれが滅びれば世界は滅びると
 言っているのを聞きとるか
 断固その存在を拒否するか だが
 それは世界そのものではない
 そんな不誠実な言葉ではないから
 おれはおれ自身そのものだから
 おまえもおれを見習うがいいと
 言い続けながら倒されて 倒されたままで
 なおしばらくは言い続けるだろう
 おまえもおれにならって立てと
 言い続けながら
 裂かれ砕かれ晒され漉かれ
 その紙にたまさか
 「おまえも……」と記したばかりに
 くしゃくしゃに丸めて捨てた一枚の紙の
 ゆくえ こしかた 問うべくもなく
 おれは棒立ちになったのだ
 茂るほかはない
 実るほかはない
 朽ちても生きるほかはないのだもはや》――詩「木」のコピー、以上。

 何度か読んだ。
 いや「何度も」……というのが正しい。
 いい詩である。
 何もことばを発することができなかった。
 僕は、廊下に立ち尽くした。

 いい詩である。

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★廊下で故岩見百丈氏の作品「木」を読んだ後、DAKA古書店跡に入った。
 廊下からDAKA古書店跡に入る方法は2つある。
 (1)玄関に向かって歩き、玄関扉の側壁にあるガラス扉を押すと入れる……。
 (2)廊下からいったんダイニングキッチンに戻り、パートナーがまだ眠っている寝室を通り抜け、隠し扉を開けると入れる――。
 けさは「隠し扉」から入った。

 PCをON。
 僕のカラダのうちに、作品「木」の前で立ち尽くしたときのカラダのカタチが残っている。
 僕の放置Blogにたしか「岩見百丈」がいたはずである。
 検索をかける。
 2011-05-01の記事「★キーボードがカタカタと鮫(仁科源一)、小子内(柳田国男)、田野畑(岩見百丈)、小高(島尾敏雄)等と」が開いた。
 東日本大震災に関する記事だった(←中味は省略する。)。

 スクロールしていくと、南部縦貫鉄道(註@)レールバス愛好会が毎年開催しているイベント「レールバスとあそぼう」がやはり震災の影響で中止に至った事情について触れ、前年「2010レールバスとあそぼう」の画像がアップしてあった。
 僕の体験乗車コメントもついている。

 《コメント》
 突き上げてくる振動に打たれていると、こみあげるものがあった。
 僕は、よく「魂の内側に沿って垂直に下る」という言い方をするが、「ああ、レールバスの魂は、今、垂直に遡上しようとしている」と感じた。(コメント、以上。このコメントは記憶の痕跡が鮮明だ。)

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 レールバスの画像をスクロールしているうちに、僕の動悸が激しくなってきた。
 レールバスの振動と作品「木」とのコラボが始まった。

 「どうだ おれはこうして立っているぞ」
 「どうだ おれはこうして走っているぞ」
 「おれをおいて世界はない」
 「おれが滅びれば世界は滅びる」
 「おまえもおれにならって走れ」
 「走るほかはない」
 「朽ちても走るほかはないのだ、もはや」

 「違うよ、違うよ」と僕は振りはらったが、振りはらっても振りはらっても「走るほかはない」「朽ちても走るほかはないのだ、もはや」コラボはやまなかった。

 
岩見百丈氏の魂が、僕の魂のうちを垂直に遡上しつづけた。

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★早朝、たまたま、詩集『帰途』を手に取り、たまたま、作品「木」を読み、たまたま、「レールバスとあそぼう」の画像を見つけた。
 ひきつづき、4つ目の「たまたま」――

 コラボは鳴りやまない。

 今度は(僕の放置Blog内ではなく)ネット全体に検索をかける。
 ディスプレイに北三陸・田野畑村のHN=みさご丸という方のBlog「山と土と樹を好きな漁師」中の記事「お寺参りで、想ったこと・・・。」(2010/8/17)が現れた。(註A)

 一部、抜粋させていただく。

《お寺は、村に一つあるお寺で、大本山が福岡県の永平寺にある、曹洞宗の「宝福寺」というお寺です。
 村の八割くらいの世帯が檀家になっています。
 僕の、両親を始め、その本家。家内の方のご先祖も祀られています。
 その位牌を探して、自分のご先祖様。両親の、その位牌を拝んできました。

 昭和八年に、大きな三陸大津波がありました。
 その時には、村にお寺は無く、死者を成仏させるためのお寺がない。
 そこに、一人の僧侶が・・。
 その僧侶が、困っている村民のあり様を見て、見かねてお寺を「開寺」したのです。
 故 岩見対山(いわみたいざん)という僧侶です。

 その頃、この田野畑村は「岩手のチベット」、「陸の孤島」というレッテルをはられるほど、交通の便も悪く、貧しい村だったのです。
 まあ、今も位置的に、不便な事に変わりは無く、村民所得も平均的にはかなり低い村だと思います。
 苦しい、お寺の運営だったと推測されますが、その和尚も90歳ぐらいまで生きて、30年ほど前まで、住職をしていました。

 そして、その後を継いだ子息、 故 岩見百丈(いわみひゃくじょう)が若い住職に就任。
 しかし、彼もまた不幸な事に50歳という若さで、5年ほど前この世を後にしています。
 現在、彼の息子が、大本山が福岡県の永平寺に修行に行き一定の修行は終えていますが、まだ、本当の住職としては本山から認められていません。(何か、仏僧の世界での決まりごとがあるようです)

 なので、故、岩見百丈さんのお骨もまだ、本尊におかれたままになっています。
 予定では、2年後に彼の息子が住職として、認められ、彼のお骨もお墓に納める事ができるようです。》――みさご丸氏のBlog記事からの抜粋、以上、感謝!

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☆註@=南部縦貫鉄道株式会社。
 野辺地〜七戸 20.9km 非電化・単線・タブレット閉塞
 駅数 11駅 (野辺地・西千曳・後平・坪・坪川・道の上・天間林・営農大学校前・盛田牧場前・七戸)
 開業 昭和37年10月20日
 休止 平成 9年 5月 6日
 廃止 平成14年8月1日

☆註A=ネット上からはみさご丸氏のBlogの他に岩見氏に宛てた僕の年賀状のコピーが出てきた。
 昭和62年〜63年にかけての一時期、「地図」をつくり、「地図」から出勤し、「地図」に帰る……という生活をしていた。
 その「地図」といっしょに出てきた資料の中に年賀状があった。

 〈岩見百丈様〉(年賀はがきに「地図」を印刷)
 新年 おめでとうございます。
 年の暮れ、こういう地図(村)をつくり、新年を、この地図の中で迎えました。
 現在、住民募集中です。
 願いをいえば、百丈さんには、水源地の奥にあるお寺に住んでいただきたいものですね。
 詩集『帰途』、ほんとうに、どうもありがとうございました。
 ゆっくり、ゆっくり読んでいます。
 地図の外で、あるいは、地図の中で。
 また、お便りします。
 きょうは、新年のごあいさつのみ。

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続・すこ通信
05.09
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【続・すこやかみなみネット通信】――★三日町界隈の風景。
 いいね!
 キュンと来るよ。
 三日町の風景は、僕の魂の奥底につながっている。

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★オマケに、もう一発「キュンと来た」話――

 DAKA古書店解体作業に伴い、カオス部分(=書架の隅っこ等で、ホコリにまみれ、中味の正体が不明な部分)はほとんど整理したが、屋根裏部屋には、まだいくつか残っている。

 ほとんどは捨てていいものばかりだ。
 これまで例だと、ゴミ収集日に出す=95%、シュレッダー処理(マル秘)=4%、保存=1%以下。
 この4%と1%があるために、まずホコリを除去し、次に分別し……と、結構、手間がかかる。

 今回、僕の大学時代の『教育実習日誌』が見つかった。
 僕の実習は、幼稚園免許、小学校免許、中・高校免許を取得するために、2ヵ月間に及んだ。
 出てきたのは、そのうち、小学校の実習日誌だった。
 担当学年は1年生。
 さっと目を通したが、日誌の中の20歳の青年と、今の僕との間に同一性を見出すことはむずかしかった。
 どうしても、実習生を預かる&指導する目でみてしまうから、「ああ、もうこの青年はどうしようもないィィ〜」と、絶望的な気分になり、破り捨てたくなった。

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★しかし、破り捨てなかった。
 1%以下の「保存」に選り分けた。
 かすかに、ほんの一瞬だが、「あっ、僕がいるぅ〜」と、日記の中の青年に、今の僕の輪郭を感じる箇所があったからだ(^_^)v。

 たとえば――

 6/23(水)
 《(前部省略)子どもたちは、もう少し大きくなったら、そう、5年生か6年生くらいになったら、きっと、「なんのために自分は学校に行っているんだろうか?」とか「いったい自分はなんのために、ごはんを食べているんだろうか?」などと考えるようになるにちがいない。
 そのとき、子どもたちは、「学校に行ったら友だちがいるから」とか「楽しみにしているテレビ番組を観るために」とか、なんとか自分に言い聞かせ(大人からすれば、他愛のないことかもしれないけれど)、子どもたちなりに、時として襲ってくる、もどかしくて、はかなくて、どうにも、つかみどころのない、そういう感情を振りはらおうとする時期がやってくるにちがいない。
 そう思って、今、目の前にいる1年生たちの横顔をみると、ちょっと痛々しい。(後部省略)》

 7/01(木)
 《子どもたちのあいだで「いいこと考えた!」が大流行。
 顔じゅう笑いをいっぱいにしながら「いいこと考えた!」という。
 片方の手でコブシを作って、もう一方の手のひらを、ポーンと打つ。
 たとえば、給食の時間に、イチゴとパンを前にした子どもが、イチゴをつぶして、ジャムパンのようにして食べることを思いついたとき……。
 また、校庭脇の小さな水路で、笹舟を浮かべて遊んでいるとき、どうしてもすぐにひっくり返ってしまい、遠くまで流れない……そんなとき、「いいこと考えた!」と走り出す。
 なにかと思って見ていると、笹舟を手でつまんで、ずっと向こうまで持っていって、そこで浮かべるのだ。
 そうすると、たくさん流れたように感じるらしい。
 子どもたちは、からだじゅうでよろこんでいる。
 笹舟が、いよいよ、土管の暗い口に入ってしまい、もう、子どもたちの前から姿を消そうとするとき、大きな声で「さようならァ!」と、ちぎれるほど手をふる。
 実習の日々、こういう子どもたちを、いつも遠くから眺めることができた。
 「遠くから」というのは、なにか突き放すようで、冷たく感じられるかもしれないが、それでいいのだと思っている。
 さらば、子どもたち。》

★もちろん、こういうことばかり書いているわけではない。
 青年の名誉のためにいっておくと、通常は、「きょうの国語(2時間目・かきましょう「すなあそび」)は、散々だった。40分間全体を4つの過程にわけて、まず第1過程は……第2過程は……」などと、青年なりに失敗の原因を分析し、指導教官から受けた助言内容もキチンとまとめている(^_^)v。

 ただ、そういうところに、今の僕との同一性はあまり感じなくて、キュンとなるのは、引用したような箇所だという話だ。

 幼稚園と中・高の日誌は、不明。
 不明というより、たぶん青年は意識して「小学校」だけ残したのだろう……。
 なんとなく、そういう気がする。
 今の僕を、キュンとさせるために……アハハハハハハ(ノ△・。)。

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◆スマイルゼミ◆タブレットで学ぶ 【小学生向け通信教育】が誕生!

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★ひさしぶりに引き明けの街・八戸を走った。僕は三日町・十三日町・廿三日町界隈が好きだ。「ま、だから、美しい(^_^)v。そろそろ原稿用紙に向かわないと……。」

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★風の道公園。真下を新井田トンネルが突き抜ける。標高46メートルから25メートルまでクネクネと道が折れ曲がる細長い公園。東山魁夷の「道」に対する新「道」の風情(^_^)v。上と下に駐車場がある。上の駐車場はすごく分かりにくい。(クリックすると大きな画像になります。ぜひ!)




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