のいわれ 正部家 種康 氏 バージョン

正部家 種康 氏著 (八戸観光協会長)
平成11年11月7日付け 読売新聞 青森県版
ブレーン便り「日曜随想」より

syoubuke

食べ物で、八戸の名物といったらなんでしょうかと、聞かれ ることがある。「いちご煮とせんべい戸汁が、八戸のおいしい 郷土料理です」と答えると。よそからおいでになった方は、は けげんな顔をされる。せんべいとかイチゴは煮て食べるもので はないし、料理にはなじまないものと思われているからである。 ところが八戸地方では昔から、「いちご煮」も「せんべい汁」 も普通のありふれた食物として慣れ親しんできた。実はいちご 煮は、植物の苺でははなくて、海からとれるウニとアワビの薄 切りを煮て塩で味付けをしたものである。なべで煮ると白い汁 の中のウニが黄色く美しい粒々となり、それが野生の木イチゴ に似ているところから、いちご煮の名前が生まれだということ である。
それは元もと漁師の人たちの浜料理であった。自分たちのと ったウニやアワビをふんだんに使い、海水で煮たものがいちご 煮であった。町の人にいわせると、うらやましくもぜいたくな 料理である。
八戸の文人三峰館寛兆が、天保六年(一八三五)に書いた「 蕪島之記」によれば、八戸の鮫海岸の名物の一つとして「鯖の 蒲焼、鮑の石焼、雲丹の覆盆子煮…」を上げている。覆盆子と は、お盆をひっくり返すほどおいしいもの、いちごのこと、と 辞書にある。つまり八戸の浜では二百年ほどの昔から、いちご 煮を食べていたことになる。
せんべい汁もまた、八戸地方では古い食べ物である。関東地 方のせんべいは餅を金網で焼いて、しょう油をつけたものが普 通であるが、八戸のせんべいは小麦粉をこねて、鉄の型に入れ て焼いたものである。それは保存食でもあったし、外出すると きの携行食品としても利用されていた。コメの少ない畑作地帯 の八戸地方では、主食としての役割も果たしていた。 江戸時代の三百年前の昔、八戸の根城から岩手県の遠野へ移さ れた殿様が、「八戸で食べだせんべいが懐かしい」との記録が、
「遠野古事記」に見えているから、南部せんべいが古くから食 べられていたことも明らかである。この地方の人々は、秋から 春にかけて川を上るウグイの焼き干しや骨、あるいは川のカニ の出し汁で、割ったせんべいを煮て賞味し続けてきた。そのせ んべいも自家製のものが普通だったといわれるが、今では工夫 を凝らした汁用のせんべいがにきやかに出回っている。
いちご煮は八戸の漁師の料理であったし、せんべい汁はひっ つみ(すいとん)と同じく伝統の食べ物でもあった。そして歴 史の味がしみ込んだだ郷土料理なのである。