発見!? 愚考?!
いちご煮は郷土料理か創作料理か?? 
石田屋と神田氏、秋山氏、熊谷氏の関わりは? 
中島石蔵氏との関わりはは?

いちご煮が八戸元祖の料理は確かな事は確かだ!!


ある思い出から始めた「いちご煮」の由来探しでしたが、


 「味散歩あおもり」記事
「味散歩あおもり」記事

このような信頼に足ると思われる記述を新聞社発行の小冊子から探し出す事が出来ました。
郷土料理「いちご煮」を、中島石蔵氏が商品化し、世に広めたことを記述していると思います。

この中の「竹内」氏とは、東奥日報記者から元青森県知事になられた方で、 知事引退後に出された「東奥日報社」刊の小冊子「味散歩あおもり」に 談話として掲載されていたのです。
談話と言え新聞記者の経歴、知事としての考察を考えれば竹内氏ご自身で確認され確か な事実を踏まえているものと思います。

「味散歩あおもり」表紙 「味散歩あおもり」表紙

「味散歩あおもり」中表紙 「味散歩あおもり」中表紙

     だから「いちご煮」は中島石蔵氏が元祖の創作料理だ!!
元々浜の料理として有ったのかも知れないが、
中島石蔵氏が始めだ! 、
とHPで叫んではや10年余り。
コレについて諸兄のご指摘を頂きたいとも発信しましたが、
この度やっとご意見を頂けました。(2002年8月現在)

中島さんのいちご煮編




「 三陸海岸では海辺で作られる漁師料理が有り、その潮汁の一つが 洗練されて碗に盛られ、その風情が薄く霞んだような汁とウニの身が " 朝もやに霞む「野いちご」に似ている " と八戸の粋人が称したことから「いちご煮」と呼び習わされた。 」

これが現在の通説となり、市の刊行物や各種 ガイドブックに「いちご煮のいわれ」として紹介されておりま す。また各電波媒体でもよく耳にしますのでほとんどの方が そうだとお思いでしょう。

昭和60年頃にに八戸グランドホテル初代社長「高橋 甫」 氏から「いちご煮は中石が作ったもので名前も付けた。 それを自分の所だけさ留めねんで広く世に出した」と言う話を お聞きしておりました。

そのため前述の説だけが流布されるのには釈然としないものを感じて おりました。

高橋社長からお聞きした内容を。こんな素晴らしい料理を創作し、 独占もせず世に広めた先輩の事実を。もっと皆が知って良いので は無いかと思っておりましたが、高橋社長が故人となられ、お 話しの確認をできずにおりました。
過日「東奥日報社」に立ち寄る機会があり、元県知事の 「竹内俊吉」氏が東奥日報社の小冊子に高橋氏のお話しと同様 の記述をされていたのを読んだ記憶を思い出し、関係部署にお 聞きしたところ東奥日報者では探せませんでした。
しかし「県立図書館」の「郷土資料室」様をご紹介賜り、 そこにご相談申し上げましたら長期に渡ってお調べくださり、それらしい刊行 を発見してくださった次第です。
このHPに掲載した冊子「味散歩あおもり」の表紙と記事がそうです。




この記述からすれば「いちご煮は創作郷土料理で、元祖は 中島石蔵氏」となりそうですがいかがでしょう。
前述の様に竹内氏の経歴と記載内容からすれば信頼に足るものと思います。




中島石蔵氏につきましては八戸市の郷土史家「江刺家」 氏がデーリー東北新聞社に連載された記事があります。 それによりますと「今は無くなったけど」と竹内俊吉氏 は述べられております「中島石蔵という魚屋」の中島石蔵氏はその後、魚屋を 中島石蔵商店という海産物問屋に拡大、創業されると共に漁業にも進出され、 一時は北転船を含めて十余艘を有し、八戸漁業会の中興に尽くされた方だそうです。
さらに政界にも出られ、八戸市議会議長もなされた方との事でした。
その会社は食品会社として現在も立派に営業され、現在はご長女の代に なり、業務用食品卸し会社として発展されています。