いちご煮は井伏鱒二先生も賞味した!?


    
                
                
八戸市まちの駅ホームページ/観光/史跡・文化財)

    

井伏鱒二の紀行文「六街道」だったかの中の「久慈街道」にもその紹介がされているようです(いまだ私は未確認ですが、とある雑誌の井伏鱒二の紀行文特集で書かれていたようです)。

この紀行文の元になったのは実在の道路で、八戸から岩手県久慈市まで通じる道です。
八戸市を発し、縄文遺跡で有名な是川遺跡(漆塗り土器や祈りの土偶の出土品で有名)を通り、軽米町をかすめ、大野村を経由し、久慈市までの山間部を通る道で、この辺では「クジケェエンド」と訛って話します。
今は是川遺跡の南から青森県と岩手県に別れていますが、八戸市と久慈市は藩政時代には同じ南部藩とされており、この久慈街道はこの地域の基幹道でした。
井伏鱒二氏は飢饉が元に起こった一揆が久慈市から発し近郷近在の人々を集めながらこの街道を八戸まで上った道で、この地方の厳しい気候風土、困窮の暮らしを如実に語る道として丹念に調べられ、紀行文「久慈街道」をおこされたそうです。
その際に氏を案内したのがミニコミ誌のアミューズを始められた郷土史家の中里さんだそうで、井伏氏の求めに応じていちご煮を供されたようです。
海沿いに国道45号線が開通した今では利用者も少ないのですが、身近な道路として親しまれています。


天明の大飢饉
(日本史の時間ですよ/まんが日本の歴史) http://www5d.biglobe.ne.jp/~nihonsi/tenmei.htm

「いちご煮」は八戸元祖の大変美味な潮汁です。ウニと鮑だけで作られた大変贅沢なお吸い物です。飢餓が元で起きた一揆を取材された井伏氏がどのようなお気持ちでこれを召し上がり、どの様なご感想をお持ちになられたのでしょう。興味の湧くところです。
左の写真をご覧頂ければご理解頂けるものと思いますが、中に入っているはウニの卵巣(普通みなさんが生うにとしてお召し上がりの部位)と鮑の身の削ぎ切りです。
繰り返しますが、雲丹と鮑で作られたお吸い物で、決して果物の「苺」を煮込んだものでありません。


お上品に言えば「白く霞んだ汁に浮かぶ野いちごお思わせる雲丹と、野いちごの葉を思わせる鮑。鮮やかな緑を薫らせる針千の大葉。その三つの醸し出す馥郁たる滋味に包まれたお吸い物。」とでも申しましょうか,,,。
これをお召あがりになった井伏氏は「おいしいと」洩らされたのでしょうか。どこのいちご煮を召し上がったのでしょう??
ご案内した中里氏にお会いする事が有ったらお聞きしたい物です。

遠来のまだお召し上がりでない方にもきっとご満足頂けるものと確信いたします。缶詰も出回っておりますが、市内の主要飲食施設で本来の吸い物仕立ての物が召し上がれますので、是非缶詰では味わえない澄んだ味のいちご煮をご賞味ください。


ご存知のとおり雲丹や鮑そのものが高嶺の花となった今では「いちご煮」は元祖の地「八戸」でも冠婚葬祭などの「ハレ」の場でしか味わえない高級料理となってしまったのは大変残念です。 新幹線が開通した暁にはぜひ八戸にお立ちよりなさり、ご賞味下さい。