平成18年12月 定例会質問
《上条幸哉》
小林市長が就任されて1年がたちました。この間、何の仕事も入れずに休まれたという日は一体幾日あったことでありましょうか。わき目も振らずに全力で駆け抜けた1年であったでありましょう。その御努力に深い敬意とねぎらいの意を表するものであります。そしてまた、そのようなひたむきな市長のもとで市職員の皆様もまた一緒に走り、あるいは走らされた1年であったのではないでしょうか。この間、市長や我々の求めに応じ、さまざまな新たな仕事に取り組まれた市職員の皆様にも心からねぎらいの意を表するものであります。
それでは、本年の一般質問の最終日に質問の機会をいただきましたことに感謝をしつつ、市民政友会の一員として通告に従い質問してまいります。
質問の第1は、企画行政について。今回は市長が委員として全国の市長の中から選ばれ、任命された国土交通省が主催する地域の主体的・自律的な活性化を研究する会、略称地域活性化研究会についてであります。
国交省内の所管部署である都市・地域整備局が作成した案文の中には、次のような考え方がうたわれております。今後の地域活性化、特に経済自立度の向上は、あくまでも地域の関係者が取り組みの主体となった上で実現されるべきものである。そして、特に県内で第2、第3の都市圏や県庁所在地であっても規模が小さな都市圏については、地域の核としての奮起が期待されるということであります。市長はまさにそのように期待される地域の代表者として、就任後わずか数カ月でこのような大役に任ぜられたわけであります。これは、市長がこれまでの総務省時代に築かれたネットワークの広さを象徴するものでもあります。
さて、本件については、1度その概要を伺っております。その際、市長は次のように述べられております。国に在籍した体験を生かしながら、地方公共団体の一首長として、より効果的な地域振興のあり方について国に対して積極的に提言していく。そしてさらに、提言活動を通じて当市が全国のモデルとなるよう、国の施策と連携を図りながら、当市の地域振興策を検討していくということであります。伺うところでは、その言葉のとおり、我が八戸地域の振興を念頭に、客観的かつ説得力ある説を述べられているようであります。
そこで質問でありますが、その提言内容についてお教え願いたいと思います。
質問の第2は、都市間交流についてであります。
現在、八戸市は国内の幾つかの都市と交流を行っております。最近の取り組みとしては、何と言っても久慈市、二戸市と当市の3市に青森、岩手両県の代表者をも加えてスタートした三圏域連携懇談会が挙げられます。小林市長がみずから座長を務められ、当地域振興のために県境をも超え、具体的な政策を共有しようとするものであります。これは、都市間交流のあり方としてはこれまでになく踏み込んだものであり、今後の展開が大いに期待されるものであります。
また、そのほかでは、社会教育課が中心となって取り組む当市とゆかりある遠野市、七戸町、岩手県紫波町との小学生同士の交流が挙げられます。4市町内の各小学校から選ばれた子どもたちが相互に訪問をし、互いの地域の歴史や文化を学び合うというものであります。寝食をともにしながら、地域学習やレクリエーションに取り組む同事業は、通常の授業では得られない学びを得、何より市内外に多くの友人を得ることができることから、大変好評であり、伝統的な交流事業になっております。
さて、今回取り上げるのは、当市と歴史的に深いきずなを持つ鹿児島市との交流についてであります。過去にも1度この壇上で取り上げさせていただいておりますが、なぜ鹿児島市か。鹿児島市との縁は、八戸藩が薩摩藩主島津重豪の五男信順を婿養子として迎えたことに始まります。以下敬称を省略させていただきます。
成婚に至るいきさつについては諸説ありますが、北の地に島津家のネットワークの拠点をつくりたいという当時の薩摩藩主の思惑と、地域発展のために日本を代表する雄藩との関係を築きたかった八戸藩の思惑が一致したことが双方を結びつける力となったようであります。
さて、島津家は、鎌倉時代から明治初年に至るまで約700年間南九州を統治してきた60万石の雄藩であります。そのルーツは八戸南部家と同じ甲斐源氏の流れをくんでおります。幕末には多くのすぐれた人材を輩出し、日本の近代化の大きな力となります。そのきっかけとなるのが、早くから西洋に目を向け、学校をつくり、教育を奨励した島津家25代藩主重豪であります。この方こそ、後に我が八戸藩に婿入りし、八戸南部の最後の殿様となる南部信順の父君、お父様であり、信順は先見の明のある父親から大きな影響を受けております。
さて、日本南端の薩摩藩を、九州はもちろん日本全体の近代化にまで大きな影響を与える大藩へと発展させた方が、この重豪のひ孫に当たり、信順同様、重豪から大きな影響を受けた斉彬であります。斉彬から見れば八戸藩主信順は大おじに当たります。東京で生まれ育った斉彬は、信順とは単に血縁関係があるだけではなく、若いころから交友があり、やがて斉彬がお家騒動の後に藩主へ就任する際、極めて大きな働きをしております。
嘉永4年、1851年藩主となった島津斉彬は、ヨーロッパの国々のような強く豊かな日本を夢見て、集成館事業と言われる非常にスケールの大きな近代化事業を推進します。斉彬が開始した事業は、製鉄、造船、紡績、機械、印刷、出版、教育、医療、製薬、ガラス、ガスなど広範にわたります。幕府や他藩の近代化が軍事力の強化にばかり目を向けていたのに対し、斉彬はペリーが浦賀にあらわれる7年も前から、ヨーロッパをまねた産業の育成や社会基盤の整備に取り組んでいるのであります。
人々が豊かに暮らせるようになれば、自然と国はまとまる。人の和はどんな軍備より勝る。そのように考えた斉彬は、幕府や藩といった枠を超え、日本人が一丸となって近代国家を築くべきだと主張していました。明治維新と日本の近代化はまさに薩摩から始まったと言って過言ではありません。そして、それを藩主として強力に推し進めたのが斉彬だったのであります。私心を去り、人々のために、国家のために、信念を持って政策を展開する姿に、西郷隆盛を初め多くの志士たちは、斉彬のためなら命を投げ出すこともいとわないと慕っていたと言います。幕末にあって若者たちから熱烈な支持を受けたまれに見る名君でありました。
繰り返し申しますが、この斉彬をかわいがり、藩主への就任に力を尽くしたのが、大おじに当たる八戸藩主南部信順なのであります。やがて藩主として北と南に遠く離れる2人は、その後も江戸を中心に交友を続けます。さらに信順は、八戸の前途有為な若者たちを故郷薩摩の斉彬のもとへと送り、漁業や工業などさまざまな学びをさせております。特に東北にあってはいち早く取り入れた西洋式の近代武術は、維新の激動期に八戸藩を守る大きな力となります。八戸藩は戊辰戦争の折には、東北の他藩と同様に旧幕府側につき、いわゆる賊軍となります。野辺地戦争では、途中で寝返った津軽藩と一戦を交え、これに勝利します。しかし、薩摩の人々が中心となって組織される明治新政府は、信順がいる八戸藩をおとがめなしで済ませます。20万石を13万石に減封された盛岡南部とは実に対象的でありました。
さて、今日このような両藩の歴史を忍び、民間レベルでさまざまな交流が行われております。薩摩八戸南部交流会を筆頭に、八戸工業高校と鹿児島工業高校の交流、最近では島津藩ゆかりの方々の八戸市での講演会など、市民有志がさまざまな取り組みを見せております。私は、そのような鹿児島市と行政単位でも何らかの交流を進めるべきときが来ていると感じます。
これまで述べたように、藩政時代の最後の藩主同士が血縁関係にあり、しかも深い信頼関係を持ち交流をしていたという事実に、市民相互は深い親近感を覚えるでありましょう。加えて、九州南端の鹿児島県鹿児島市と本州の最北県にある当市との交流は、それぞれにないさまざまな利益をもたらすものと考えます。
そこで質問でありますが、八戸市として、このようにゆかりの深い鹿児島市と行政単位でも交流を開始すべきであると考えますが、市長はどのようにお考えになるか、御所見を伺います。
都市間交流について、質問の2点目は、国際交流、特にアジアの諸都市との交流についてであります。
当市は、現在米国フェデラルウェイとの間で姉妹都市を、中国の蘭州との間で友好都市をそれぞれ結んでおります。そのほかには港湾都市やコンテナ定期航路の関係で米国のタコマや中国の大連、天津、シンガポール、フィリピンのマニラ、さらには産業の結びつきからニューカレドニアのヌメアとそれぞれ交流を持っております。これら都市との交流は約10年の間に積極的に展開され、当市にさまざまな恩恵をもたらしております。
今回提起するのは、台湾、韓国、香港といった日本と同じ資本主義国家、都市としてさまざまな価値観を共有する地域についてであります。これらの国や地域は、今日、親近感やある種の憧憬の念を持って日本のありようを見ております。加えて、これらの地域の人々は一定の経済力を持ち、地理的にも文化的にも近く、少し先を行く日本をその興味の対象としてとらえております。北海道などは、これらの地域からの観光客誘致を重点的に行い、飛躍的に来訪者をふやしております。
さて、当市にとっても台湾、韓国、香港といった地域との交流は、人的、経済的なさまざまな利益をもたらすものと考えます。現在は民間レベルで、舞踊愛好会による韓国スウォンとの交流や市内の私立高校による韓国ソウル市内の高校との交流などが行われ、成果を上げております。
ところで、行政主導の国際交流は多額の費用を要することから、一時期に比べ全国の自治体がそのトーンを弱めているようでありますが、これら近隣アジアの地域については、渡航費が安く、民間レベルでも相互の訪問が繰り返し行えることから、自治体の少ない経費で効果的な交流が行え、観光客誘致にも大きな期待が持たれるところであります。
そこで質問でありますが、このようなアジア近隣の諸都市との交流について市長はどのようにお考えになるか、御所見を伺います。
質問の第3は、地域コミュニティの振興策についてであります。
今回は住民自治推進懇談会に絞って伺います。
さて、今年度、地域コミュニティの振興を目的に、市内全地区の公民館で住民自治推進懇談会が開催されております。懇談会では、市からは協働のまちづくりの考え方についての説明がなされる一方で、各地域からは特色あるさまざまな住民の活動についての紹介があり、さらには、それらを踏まえ、地域住民と市長との率直な意見の交換もなされているようであります。
そこで質問でありますが、この住民自治推進懇談会の取り組み内容とこれまでどのような意見が出されているのか、さらには、今後の展開についてどのようにお考えか、市長の御所見を伺います。
質問の最後は、教育行政についてであります。
1点目は、現場本位の教育改革についてであります。
今からさかのぼること約10年、当時子どもを取り巻くさまざまな問題や事件の発生を受け、その原因を日本が学歴偏重の社会であり、これまでの詰め込み教育が子どもたちにさまざまな弊害を生み出してきたのだとするマスコミの論調に押される形で、当時の文部省は平成11年の新学習指導要領においていわゆるゆとり教育を打ち出します。しかし、その後、平成14年からの学校週5日制の導入もあって、今度はゆとり教育が学力の低下をもたらしたとして、これは当初からわかっていたはずのことでありますが、最近は学習指導要領の見直しの必要性を打ち出しております。言うなれば、子どもや教育現場におけるさまざまな課題を、教育制度や教育内容の変更によって解決できないかとさまざまな試みがなされた10年であったということであります。
この間、O−157の食中毒の問題、あるいは子どもをターゲットとする凶悪事件の続発、本会議でもたびたび取り上げられておりますとおり、今般のいじめや自殺の問題、未履修の問題、そのほか何か事件が起きるたびにテレビワイドショーや週刊誌が繰り返しこれを取り上げ、これに突き動かされるような形で文科省が動き、そのたびに新たな方針が打ち出されております。教育現場は、そのたびに右へ左へと振り回されてきたと言っても過言ではないのではないでしょうか。
真の教育改革は、本来現場から発信されるべきものであると考えます。本当に子どもたちが何を考え、何を悩んでいるのか、そしてそのような子どもたちに対峙する教員たちはどんな課題を抱え、何を苦しんでいるのか、そのような現場の課題を直視することなくして真の改革はあり得ないのではないでしょうか。
改革すべき課題はまさに現場にあります。現場からの本当の情報の吸い上げなくして効果的な手だてが打たれるということはないでありましょう。そのためにも、これまでに増して現場と教育委員会との信頼関係の醸成が求められております。
このようなときに、新たな教育長として現場を重視される松山教育長の就任を歓迎し、心からエールを送るものであります。
そこで質問でありますが、本当の教育改革は現場から発信されるべきであるという考え方について、教育長はどのようにお考えになるか、御所見を伺います。
質問の2点目は、就学指導についてであります。
今回は特に障害のある子どもに対して行われる就学指導について伺います。
現在、当市では、小中学校や特殊教育学校の先生方を中心に、八戸市学齢児童生徒就学指導委員会を組織し、その対応に当たっております。一口に障害と言っても、その内容、その症状、あらわれ方は一人一人が異なり、その子どもの将来のためにそれぞれの成長段階に応じて、どのような場で、どのような教育を受けさせるかという判断は極めて重く、この判断は大変な仕事であります。
最近は、障害のある子どもたちを通常の学級でできるだけ見ようという流れもあり、学級担任だけではなかなか対応できないケースも生じております。これをスクールサポーターを配置することで対応しているようでありますが、県は同制度を本年度で廃止するとしており、学校現場の極めて大きな課題となっております。
さて、就学指導委員の先生方は、通常の授業やクラスを持ちながら、年に数十日もの時間をとり、これに当たられているようであります。委員会として一定の判断を示しながらも、保護者のさまざまな思いをも尊重し、最終的な判断をされているようであります。
そこで質問でありますが、障害のある子どもにかかわる当市の就学指導について、その取り組みの現状と課題についてお教えを願います。
質問の最後は、市立豊崎幼稚園についてであります。
同幼稚園は、旧八戸市内に残る唯一の市立幼稚園であります。年長児が1年間のみ通園するシステムとなっており、その園児数は平成4年度からは10人台となり、今年度は11名になっております。そして、いよいよ園児数が1けたになろうとしているようであります。
当地域には、町内会等に同園の存続を望む声があるようでありますが、その運営経費は年間約2000万円であり、他のいかなる保育所や幼稚園と比較してもその大きな格差は説明のしようがなく、現在市の集中改革プランの見直し対象となっているようであります。
そこで質問でありますが、市立の保育所を順次民営化しているように、同幼稚園についても民営化を図るのが必定であると考えます。当然ながら、地域住民の理解をいただくためにも、民営化しながらも何らかの形で一定期間これを存続させる方法も考えられると思います。この点について、教育長の御所見を伺い、この場からの質問を終わります。
《市長答弁》
上条議員にお答えを申し上げます。
まず、地域活性化研究会への私の提言ということについての御質問でございますけれども、基本認識といたしましては、本年9月定例会においてお答えしているとおり、地域間の自由競争に任せるやり方だけでは地域間格差を広げるだけであり、地方が自立するためには、やはり国の政策の誘導が必要であるということでございます。
また、今までのような全国一律の支援策には限界があり、今後インフラ整備が進み、一律的条件を兼ね備えた将来人口50万人程度を想定した広域圏や、複数の県の政策調整が必要とされる県境地域など、潜在力の高い地方圏に対して、先導的に選択と集中によって支援策を投下すべきというふうに考えております。
地域振興のあり方ということでございますけれども、私は食料自給率を高めるための農業、水産業の拠点づくり、工業立国維持強化のための技術集積拠点の適正配置、産業を支える物流基盤の整備とリスクの地方分散など、国際競争力にたえ得る産業拠点の地方配置が、首都圏における諸機能の飽和状態緩和という意味からも今後求められるというふうに考えております。
また、そうした拠点化を支える地方圏の基盤整備として、地域間交流の促進に寄与する高速、広域交通体系の整備、地球温暖化に伴う気候変動などにたえ得る災害に強い安全・安心な国土づくり、地方大学などを活用した地域づくり政策の展開などが不可欠であると考えております。
現在、国におきましては、平成19年中ごろをめどに、全国総合開発計画にかわる国土形成計画の策定を進めており、先月27日に国土審査会計画部会の中間取りまとめが出されたところでございます。その中では、科学技術、物づくり、ビジネス、観光など多方面にわたり、地方が直接東南アジアと人、物、情報の交流を進めるシームレスアジア構想が提唱されております。
私は、今後国の地域政策は経済のグローバル化の中における地方の位置づけをこれまで以上に意識する必要があると考えております。そうした観点から、思い切った経済特区制度の創設など、全省庁的なバックアップのもと、国際競争力にたえ得る骨太な地方振興策が必要であると考えており、今後、国に対して積極的に提言をしてまいりたいと考えております。
次に、鹿児島市との交流についてお答えを申し上げます。
鹿児島市は、人口約60万人、鹿児島県の県都として、また歴史的には石高77万8000石、薩摩、大隅、日向の3国を治めた島津氏の城下町として発展をしてきた都市であります。当市と薩摩藩とのつながりは、ただいまも上条議員から詳しく御紹介がございましたが、八戸藩が薩摩藩主島津重豪公の五男信順公を婿養子として迎えたことに始まっております。また、市内売市の八戸南部氏庭園は、信順公が第9代藩主として迎えられたのを機に、薩摩藩お抱えの庭師によりつくられたものと言われております。
このような縁を通じまして、薩摩八戸南部交流会の方々が鹿児島市や日置市を尋ね、島津家ゆかりの人々と交流するとともに、地元のイベントにも参加をし、当市のPRを行っていると伺っております。
また、近年は、八戸工業高校と鹿児島工業高校の交流や三八地区鹿児島県人会の活動などを通じ、市民の交流が広がりを見せてきております。
市といたしましては、このような民間レベルでの交流がますます盛んになるよう、今後も側面から支援をしていくとともに、行政レベルでの交流につきましても研究をしてまいりたいと考えております。
次に、アジア諸都市との交流についてお答えを申し上げます。
当市においては、教育、スポーツ、芸能、社会奉仕等さまざまな分野において多くの民間団体が世界の国々と交流をしております。特に韓国、台湾とは、市内のロータリークラブやライオンズクラブ、高校、芸能団体などが親善試合の開催、技術者の交流、舞踊公演、訪問団の相互派遣などを行い、活発な交流を進めております。
また、観光の面では、外国人観光客の増加を目指し、現在、国が実施しているビジット・ジャパン・キャンペーンの一環として、本年4月に「YOKOSO!JAPAN東北・春」の地域交流商談会が当市において開催をされました。この商談会には私も出席をし、アジア諸国からの観光客誘致を図るため、韓国、中国、香港地域の旅行会社に対し、八戸市の食、自然、祭り等を紹介した経緯もございます。
当市には、魅力的な地域資源が数多くあり、アジア諸国からの集客も期待されることから、その可能性を経済効果に結びつけるためには、関係団体等と連携を図りながら、積極的なPRを展開するとともに、国際交流の主役である市民レベルでの交流をより一層進めることが重要であると考えております。
今後、八戸国際交流協会や地域の民間団体等と協力しながら、より多くの交流の場を実現できるよう、市民レベルの交流を支援し、経済の振興、観光客の誘致等につなげていきたいと考えております。
次に、住民自治推進懇談会についてお答えを申し上げます。
住民自治推進懇談会は、地域コミュニティの振興を目的に、今年度、私がみずから市内全23地区公民館に出向き、地域住民の方々と直接懇談させていただいているものであります。
これまでに19の公民館で開催をいたしまして、平均約80人の住民の方々に参加をいただいております。懇談会では、市から協働のまちづくりの考え方等について説明をするとともに、地域活動の実践例を地域の代表の方々から御紹介をいただき、それらを踏まえ、住民の皆様と私との間で自由な意見交換を行っております。
これまでの意見交換では、例えば地域でパトロールをしたいが、犬の散歩に出かける人たちからも協力を得たい、地域で校庭整備をしたいが、行政から何か支援、協力してもらえるのか、縄文博物館の開館までに子どもたちを巻き込んで縄文太鼓のような新企画を立ち上げたい、ボランティア活動に対する保険制度を紹介してほしいなど、さまざまな御意見をいただいております。
このような中で、みずから主体的にまちづくりに参加しようという住民の方々の意識が少しずつ高まってきているものと受けとめております。
また、住民の方々と直接意見交換をさせていただく機会は、私にとって地域をじかに知る大変貴重な機会であり、大変有意義であると考えております。来年度以降の進め方につきましては、引き続きやってほしいとの御意見もいただいておりますことから、今年度の実績を踏まえ、より充実した懇談の場を設けてまいりたいと考えております。
次の4、教育行政については教育長からお答えを申し上げます。
以上でございます。
《教育部長答弁》
現場本位の教育改革についてお答え申し上げます。
議員御案内のとおり、昨今教育界においては、児童生徒にかかわるいじめ自殺事件を初め、不登校や非行問題など、深刻な問題が山積している状況にあります。
このような状況の中、本来これらの問題を解決するための施策や提言等であるべきはずのものが、必ずしも教育現場の実態や実情を踏まえたものではないとの指摘が各方面からあり、私自身も懸念を抱いているところであります。
秋山議員の代表質問の際にもお答え申し上げましたけれども、市教育行政を預かる者として、私は市教育行政と学校、家庭、地域社会の緊密な連携のもと、ともに育てる共有の意識を第一に、各種施策を講じてまいりたいと考えております。
そのためには、学校、家庭、地域の声に耳を傾け、教育行政として何を最優先すべきかを的確に判断し、全市を挙げて子どもたちの育ちを保障してまいりたいと考えております。
その推進に当たっては、まちづくりは人づくりからの理念のもと、ふるさと八戸に生まれ育ったことを誇りに思い、ふるさとのために役立つ八戸の子ども、命の大切さを実感し、自他の命を尊重する八戸の子ども、正義感、倫理観、思いやりの心を持ち、確かな学力と生きる力を身につけた八戸の子どもの育成に全力で邁進してまいります。
次に、就学指導についてお答え申し上げます。
障害のある子どもとその保護者にとってどのような学校に就学して教育を受けていくかということは、大変大きな意味を持つものであります。そのため、就学指導においては、保護者はもちろんのこと、幼稚園や保育所、学校、関係機関と相互に連絡をとり合い、慎重に対応しているところであります。
当市における学齢児童生徒就学指導委員会は、障害のある子どもにかかわる保育、教育、福祉、医療、行政の各分野の専門家によって組織され、年6回開催しております。そこには、保護者の了解のもと、事前に個別の検査や観察等を行い、子ども一人一人の教育的ニーズを把握します。そして、適切な教育内容や方法、就学先等について審議いたします。その結果をもとに、保護者と当該の園や学校と話し合いを持ち、就学先を決めていくことになります。
保護者の意向と就学指導委員会の結果が異なる場合もありますが、保護者の願いを十分聞いた上で、子どもの発達の状況と学校の教育的環境を考慮し、保護者が納得のいく就学になるよう努めております。
課題といたしましては、第1に、他の関係機関との連携が挙げられます。最近は特に医療機関や児童相談所、福祉施設等と連絡を取り合って就学指導を進めるケースがふえている現状にあります。
第2に、保護者、学校との連携であります。
子ども一人一人の教育的ニーズや保護者のニーズは多様であり、就学相談等を行う中で的確に問題点を把握し、解決に努める必要があります。今後も障害の有無や程度にかかわらず、特別な配慮を要する子どもたち一人一人の自己存在感を育て、社会参加と自立が図られるよう努力してまいります。
次に、市立豊崎幼稚園についてお答え申し上げます。
当市の幼児教育は、早くから私立幼稚園によって支えられてきた経緯がありますが、豊崎地区は市の中心部から大きく隔たっていることから、私立幼稚園の開設の見込みのない状況の中、地域住民の要望により、昭和49年に市内唯一の公立幼稚園として開設され、今日に至っております。同地区は、児童館、幼稚園、小学校、中学校と一貫した教育が行われ、成果が上がっており、地域住民の地元幼稚園に寄せる期待は大きいものがあります。
しかし、最近では少子化等の影響もあり、開設当時47人であった園児の数が年々減少し、平成4年度からは10人台で推移し、今年度は11人の園児数となっており、今後も増加が見込めない状況となっております。
このことから、市としても運営方法等の見直しをしているところであり、今後も将来に向け地域住民の理解を得ながら、引き続き検討を重ねてまいりたいと考えております。
以上でございます。
《上条幸哉》
御丁寧に御答弁をいただきました。大変どうもありがとうございました。
それでは、再質問を何点か、あと要望も申し上げたいと思いますが、まず今お答えをいただきました教育行政についてからまいりたいと思います。
まず、ちょっと順番が後先になりますが、八戸市立豊崎幼稚園についてであります。恐らく関係される方がこれを聞いたら、これを民営化しろというのは、おまえ、どういうことだと言われるのかもしれませんが、今回これを取り上げるいきさつというのがございました。
といいますのは、私も私立幼稚園の方の関係でお世話になっているわけなんですけれども、ある親から、非常に経済的に困窮していると、どうも聞くところでは、月保育料5000円で行ける幼稚園があると聞いた。そのような幼稚園を我が方にもつくってもらえないものかと、このような投げかけがございました。私も非常にびっくりしまして、私は月5000円だなどということは全く存じなかったものですから、最初ぴんときませんで、そんなところありませんよという話をしたんですが、後から考えてみますと、これがまさにこの市立豊崎幼稚園だったということでございます。
経費が年間約2000万円かかっているということを申し上げたんですが、ほぼこれは人件費そのもののようでございます。11名がいて2000万円がかかっているということで、先ほどの御答弁にもございましたんですが、いろんな経緯が確かにあったと思います。確かに中心街からは離れている地域でございますので、その合併当時に、ほかの私立幼稚園の方が、そこまでのサービスをカバーできなかったのだということが恐らくあったんだと思います。ですから、これまでのいきさつは納得するにしても、豊崎幼稚園の11名の園児で2000万円を市が持ち出しをしている。
参考までに、私立幼稚園の場合は、今運営しているところは市内で25園ございますが、園児数が大体2700名でございます。毎年毎年減ってまいりまして、3000名を切りまして、今2700名でございます。これに対して市の方からは、経常費補助金として1園当たり基本金は20万円とこれに加えて園児1人当たり1500円が支給されるということでございまして、2700名25園、これを換算しますと、905万円、今持ち出していただいているようであります。11名で2000万円と2700名で905万円ということで、これは申すまでもないんですが、1人当たりの金額を出してみますと、本当に驚くほどの差がございます。申すまでもないと思うんですが、五百数十倍ということになります。
ということで、やはり現在このような状況があるということ、しかも、できればそのような幼稚園に行きたいという声がちらちら聞かれ始めている。加えて、当初は私立幼稚園はそこまでカバーできていなかったのかもしれませんが、今はあちこちにこのバスルートを持って、複数の幼稚園がこれをカバーできるような体制になっているということもございますので、やはりこれは他の保育所を民営化している、その全く同じ考えでもって民営化の方向で動くべきであろうと私は考えております。
壇上でも申し上げたんですけれども、いきなりこれをなくしてしまえというような乱暴な意見を申し上げるつもりはございません。既に11名がいらっしゃるわけですし、来年も、あるいはその次の年もできれば入れたいと考えている親御さんもいらっしゃるでありましょうから、そのあたりもよくよく勘案しながら、スムーズな離陸というものが求められていると思いますので、これは要望しておきたいと思います。
そして、2点目でございますが、教育行政について2点目の就学指導についていろいろお話を申し上げました。障害というのは本当に難しい問題でございまして、さまざまな症状、さまざまな形があるようでございまして、それを守り、はぐくむ保護者の皆さん、あるいはそういった施設に入っていらっしゃる方であれば、そういった関係者の皆さんの御努力によって、こういう子どもたちが守られているということを本当にありがたく思います。
それで、今回非常に気になりますのは、壇上でも申し上げましたスクールサポーターについてであります。当初、これは国の制度だったんですよね。国の方で学級担任の先生だけでは足りないところがあるだろうからということで、配剤をいただいたわけなんですけれども、これは国の方が財政難で厳しいから切り上げるという話になりまして、そうしましたら、青森県の方で、いや、それは相ならぬと、やはりこれは現場で必要だからということで継承していただいたわけであります。
これが非常にありがたい制度で、伺うところでは、市内小学校の調査をされたところ、このスクールサポーターはトータルすると数十名必要であるというような調査結果が出ているようであります。それにもかかわらず、残念ながら財政の問題がございまして、市内の小学校を中心に現在のところ7名が配置されているということでございます。しかし、これも今年度いっぱいで県が切り上げるということだそうでございます。
これは本当に現場の死活問題であると私は考えております。壇上でも申し上げたんですけれども、障害のある子をどんどん通常の学級で受け入れようというような流れもございまして、現場の先生も本当に頑張ってやっております。もちろんそこに入るお子さんも大変だと思います。大変な思いをして頑張っていると思います。そういう中にあって、やはりこのスクールサポーター――必要最小限のところに、抑えに抑えて現在7名の方が行っていただいているわけなんですが、これがなくなるとなった場合に、私は恐らく学級運営ができないところがあちこちで出てくるであろうというふうに考えております。やはりここは外せないというところに7名を今配剤していただいているようでありますので、私はこれは何としてもやっぱり県の方で翻意していただけないか、やはりこれは必要なのだということを理解していただけないものかと強く願うのでございます。たびたびこの場でそういった議論がありますけれども、残念ながら、現場の状況というのをいま1つおわかりにならないのか、これを切り上げるという方向でほぼ確定しているようでございますので、となれば、やはり市でどうするかという次の議論になってくると思います。
国がやめました、県がやめました、では、市が抱えなければいけないというのは、これに限らず幾つもあって、非常に腹立たしいんでございますが、それにしても、やはりなくするというわけにはいかないと私は思いますので、この点について、これは再質問でございますが、教育長はどのようにお考えになるか、御意見をお聞かせいただきたいと思います。
質問の順番からいきますと後先になりますが、1番の方に戻ってまいりたいと思います。企画行政の地域活性化研究会の提言ということで、市長の方に質問いたしました。非常に興味深い提言だなと思って聞いておりました。首都圏が飽和状態であるから、これを緩和するという観点からしても、国際競争力にたえ得る産業拠点の地方配置が必要だということ、さらには、国際競争にたえ得る骨太な地方振興策が必要であるということでありまして、私はこれはまさに八戸の未来像そのものであろうというふうに考えております。恐らく市長もそのようなイメージでもってこのような発言をなさっているのだというふうに思います。
私はこのような市長が今使われている、そしてまた折々に提言をされている、こういったフレーズが、国の方針として、国の政策として打ち出されてくることを大いに期待したいなというふうに思います。まさに八戸の未来像だと思いますので、こういったものが国の施策として、市長の提言が形になって出てくるように大いに期待したい、これを強く願いたいなというふうに思います。
1つ要望でございますが、これは私の同級生なんかから言われたんですけれども、市長の仕事ということでいろいろお話をしているときにこの話になって、市長は就任3カ月かそこらでこんなのに抜擢されて、そういう機会を与えられて頑張っているなという話になりましたら、おまえ、そういうのは全然わからないよということで、ぜひ中央での仕事、これは見えませんので、一体どんな提言をされているかとか、例えばこれは広報でも何でもいいと思います。市長が動かれて、こんな仕事もしているんだよというところを、ぜひ何らかの形で市民の皆さんに伝えていただければというふうに考えます。これは要望しておきます。
そして、順番は後先になりますが、地域コミュニティの振興についてでございますが、住民自治推進懇談会をすべての公民館でやるということで、今進行形で進んでいるわけでございますが、一昨日来、タウンミーティングのことが幾度となく取り上げられてございますが、そもそも行政というものはさまざまな方向づけをして、その政策を上意下達といいますか、連絡をし、それを伝えるという仕事がある一方で、現場がどんなことに苦しんで、どんなことを考えているかということをきっちり吸い上げなければいけないというまたもう1つのベクトルも必要であります。まさにタウンミーティングというのは、今の申し上げた後者の方の目的でなされるべきものだったのが、残念ながらそうなっていなかったというところで、今問題になっているわけでございます。
市長が今各公民館を回って対応しておられるこの住民自治推進懇談会につきましては、時々その趣旨とは外れた質問なんかがぽんと出てきたりするわけですね。私も何カ所か行って、後ろからこっそり拝見いたしましたが、非常にその地域、地域の色もございます。それにしても、この八戸というのは、各地域の住民たちが実に意欲的に主体的に動いて頑張っている地域なんだな、そういう意識の高い方が大勢いるんだなということを実感するわけなんですが、そういう中にあっても時々、こういう言い方がどうかわかりませんが、検討違いな趣旨から外れた質問がぽこんぽこんと出てまいります。そういうときの市長の対応が非常に評判がいいんですね。というのは、部長あるいは課長、だれかなという形でやっているときに、ぱっとマイクをとって市長が、余りスムーズじゃなく、時々詰まりながらも一生懸命誠意をもって答えようとされる、その姿を地域住民は非常に好感を持って見ているようであります。
ぜひ一巡していただいて、先ほども答弁の中にもございましたいろんなおもしろい提言も出ているようでございますので、そういった中から新たな八戸の政策が決まっていくとすれば、これは本当にすばらしい住民自治推進懇談会になると思います。ということで、引き続きこれは市長、激務の合間を縫って直接住民と対峙するというのは大変なことだと思いますが、ぜひ頑張って続けていっていただきたいと、これはお願いしておきます。
最後になりますが、都市間交流についてであります。おまえはいつも壇上でしゃべるよりも席に帰ってからが長いということで先輩から怒られるんでございますが、今回もだんだんそんなふうになってきて、そうだと言わずにもうちょっと我慢していただきたいんですけれども、あと11分ございます。
都市間交流について、鹿児島とアジアの諸都市の交流ということで申し上げました。先にアジアから参りますが、観光開発特別委員会の視察で北海道に行かせていただきました。旭川市なんでございますが、旭川空港での台湾からの乗降客数というデータがありまして、平成14年には1万人だったものが、旭川市独自でもやったようでありますし、北海道、国とも手をつないで積極的に台湾に攻勢をかけたそうです。台湾の方というのは、非常に暖かい地域ですので、雪を見たことがないということで、雪に非常にあこがれを感じていらっしゃると。6月、7月ごろはホテルはいつも満杯なんだそうでありますが、冬季観光が非常に大きな課題だということで、では、冬季、お客さんを引っ張ってこられるところはどこかと考えたときに、暖かいところだろうと。暖かいところはどこかとなったときに、台湾だということで、台湾に集中的にこの攻勢をかけて、平成14年には約1万人だったこの乗降客数が平成17年には6万5000人にも伸びているんですね。とんでもない飛躍です。
このように、やはり求められるもの、それをこちらがきちっと提供できれば、やはりそこで1つの仕事が成り立っていくわけです。商売が成り立っていくわけです。商売という言い方がいいかどうかわかりませんが。そういう意味では、壇上でも申し上げたんですが、日本というものに対して台湾、香港、韓国、特に台湾の方なんかがそうだと思うんですが、非常に親近感を持って、あこがれの念を持って見ていてくださっています。そういう意味では、我が方もこの冬の観光というもの、これは大きな課題なわけですが、この辺もターゲットにしながら取り組む価値は十分あると思っております。
それとあと、飛行機の運賃ですが、今非常に安く出ておりますので、最近のぞきましたら台湾の往復で2万円を切っているんですね。こんなチケットは幾らでもありますので、そういう意味では、こちらからも気軽に行けるし、あちらからも気軽に来れるということで、決して行政が無理なお金を持ち出す必要はないと思いますので、ぜひその辺をひとつ交流の相手として検討してみていただきたいと思います。
先ほどシームレスアジア構想なる言葉もございましたが、その辺にも重なってくると思いますので、ひとつ御検討願いたいと思います。
残り8分でございますが、一番言いたかったのが島津家との交流でございます。先月、市民政友会の先輩、同志とともに鹿児島に行政視察で行かせていただきました。すごいんですね。郷中教育というのがあって、どうでしょうか、このあたりだと三日町ぐらいの1つのブロックの中から、地域の有志がその町内の子弟を集めてさまざまな教育を施しているんです。その結果として、幕末後の維新には西郷隆盛、大久保利通、東郷平八郎、大山巌、その他挙げれば切りがないようなすごい人たちがいっぱいぞろぞろ出てくるんですね。うちのある先輩が、八戸に1人かしていただけませんかという話をして笑われたんでございますけれども、そのような非常にパワフルだったあの島津藩、その中でも神様のように鹿児島であがめられている存在が島津斉彬公なんであります。壇上で申し上げたとおりです。島津斉彬公の大おじ様に当たるのが私どもの信順公で、この島津斉彬公が藩主に就任するに当たって大きな力を発揮しているということでございます。
壇上で申し上げた以外にも、八戸藩というのは、上方、大阪、京都方面に拠点がなかった、藩邸がなかったということで、だけれども、当時大豆だとか、イワシのしめかすを売りに行きたいということで、拠点がなかったときに、島津藩の藩邸を1つの拠点として貸してくれたんだそうです。婿でこっちへ来ていますけれども、本当に家族以上のつながりをずっと――信順公という方も偉い方で、島津家からずっと慕われて愛されていた方のようでして、特にこの神様のような存在である島津斉彬公と非常に深いきずなを持って、さまざまな行き来があるということです。
この斉彬公というのは、尊王攘夷運動が吹き荒れる中でイギリス人を早くから藩に引っ張ってきて、いろんな技師を招いて雇うんですね。集成館事業と申しましたが、簡単に言えば工業地帯です。幕末のあの時代に、まだペリーが来る前に一大工業地帯を築くんですね。鹿児島の一角に1200人もの人たちが働くんです。このパワーが後の日本の近代化、さまざまな日本を新しい時代へと推し向けるそのパワーになっていくんです。そういう意味では、非常におもしろいこの島津藩、ここと非常に深いきずなのある殿様がいたということは、我々にとってこれは本当に宝だと思うんです。
今回私がこれを取り上げた1つ決定的な大きな理由があります。それは、ほかでもない小林市長なんです。伺うところでは、鹿児島市の前の市長さんが全国市長会の会長をなさっているときに、小林市長が市長会の行政部長でいらしたということで、さまざまなやりとりをなさっていたと。ちなみに今市長になっていらっしゃる方は、その当時総務部長さんでいらしたということで、そのときからお酒を一緒に飲んだりした仲だということで、個人的に市長同士が願ってもないきずなを持っているということを私も伝え聞きまして、これは本当に不思議な縁だなと。斉彬公と信順公が引き合わせてくれたのかなと思うような、そういう展開、めぐり合わせを感じております。その意味では、ぜひ私はこれを地域振興、発展の1つの足がかりとしたいなと、友好都市交流を見据えながら、さまざまな行政単位の交流も進めていっていただきたいなと思いますが、これは市長、どのようにお考えになるかお答えをいただきたいと思います。
それでは大変申しわけございませんが、時間が短くなりました。さんざん言って申しわけないですが、手短に教育長と市長からお答えをいただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
《市長答弁》
上条議員の再質問にお答え申し上げます。
鹿児島市との交流についてということでございます。私の個人的なことは別といたしまして、本当に歴史的に結びつきの強いといいますか、いろんな因縁のある地域とまた歴史を振り返りながら、将来に向かって交流を深めていくというのはなかなか意義のあることではないだろうかというふうに思っております。
そういう意味で、私も今の御質問の中でいろいろ教えていただいたこともありますし、それから現実に交流を続けておられる皆様もおられます。そういった方々の御意見も伺いながら、今後、研究をさせていただきたいと思います。
《教育部長答弁》
スクールサポーターについてお答え申し上げます。
まず、障害のある子どもの指導について深い御理解をいただいているということに対して敬意を表したいなと思っております。私も現場から来ましたけれども、障害のある子どもたちの指導について学校が大変苦労しているという状況を見てまいりました。特に障害が多様化する中で、サポーターが本当に1人の子どもにつきっきりでやっているという場面もたくさん見てきております。そういう意味で、スクールサポーターの指導というのは欠かせない存在だなと認識しております。それだけに、県が今年度限りで事業を打ち切るということは、学校現場にとっては大変大きな痛手だなと、深刻な問題を残すなと考えております。私としましても、何らかの形で存続させて、現場をサポートしたいものだなというふうな願いを持っております。
今後、庁内の関係者とも議論を重ねながら、よりよい方策を見つけていきたいなというふうに考えておりますので、よろしくお願いしたいと思います。
以上です。
《上条幸哉》
ありがとうございました。さんざんしゃべりたいことをしゃべっていて、手短にと本当に大変失礼いたしました。
最後に、手短に私の言いたいことを一言言って終わりたいと思います。
市長におかれましては、本当に1年間お疲れさまでございました。私は八戸市政にとって歴史に残る1年であったと、このように評価しております。次のめぐってくる年、また大変だろうと思いますが、どうかともに力を合わせて市民のために頑張ってまいりたいと思います。よろしくお願いをいたします。
そして、教育長には、一昨日、大変印象的な言葉をいただきました。すべての判断基準は子どもにあると。子どもにとってどうであるか、子どもにとってどう感じるか、これを大事にして取り組んでいきたいという答えでございました。現場から、松山さんが教育長でよかったという声が複数上がってきております。どうか現場を大事にして、現場としっかり連携をとってこの八戸の教育がすばらしいものとなるように御尽力をいただきたいと思います。
終わります。ありがとうございました。