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詐欺師遠藤誠が詐欺にあう 
2010 年作
 波瑠家では牛を飼って生計をたてていた。ニ年から三年育て、競りに出し、できるだけ高く買ってもらうように大事に育てるのである。
 三人兄弟の一番下の卓次も小学校に入る前から牛の世話をするのである。
 長男の正徳と卓次は齢はかなり離れているが、牛の世話は兄と同じくらいやるし、文句言わずちゃんと担当をこなすのである。そんな卓次を五つ違いの姉、歌子と正德はとても可愛がっていた。三兄弟はとても仲がよかった。
 
 そんな幸せな波留家に不幸が訪れた。
 或る夜、あまり酒をやらない親父が、珍しく酔っぱらって帰ってきた。靴も脱がず入り口でゴロリと横になり。
「おいっ遠藤に牛を売ったぞ、高く買ってくれたんだぞ、料理屋まで招待されてな、ごちそうまでしてくれた、遠藤は悪い人ではないぞ、あの人はみんなが云うような悪い人ではない、一万九千円だぞ~」
 母は親父に小言をいいながらも、高く買ってくれた遠藤を、…よくもそんな高い値で買ってくれたものだね……と思いながら、酔っぱらっている親父を寝かせつけた。
 翌早朝、遠藤誠はトラックを持ってきて、七頭の牛全部を積んで行った。
 親父はまだ寝ている。
 母は、七頭全部売れたものだとばかり思っていた。
 ところが、二日後郵便局へ行ってみたが、振込みは一頭分、一万九千円しか振り込まれていなかった。
 遠藤に電話で掛け合ったが、遠藤は。
「七頭で一万九千円で買ったものだ。あんな痩せ牛に、誰が一頭一万も出すって、考えてもみろ。それに間違いなくあんたの親父さんの字で証文に書かれているんだ、お前の親父の字に間違えなかろうに。何だったら出るところに出てもいいんだが」
 やっと、遠藤にひっかかったことに気が付いた。
 村で法律に詳しいという人に相談したが、結局親父の字に間違えないだろうということで、
「遠藤に引っかかったんだよ、運が悪いなぁ。料亭まで行っちゃなぁ」
 裁判には金もかかることだし勝てない、持ち込まない方がいいと言うことだった。
 証文には、一頭の一の字を横字に書いたため、あとで「七」と遠藤の手で直されたものだった。
 遠藤は有名な詐欺師で、「遠藤には近寄るな、近寄るだけで騙されるから」と、みんなが言ってたものだ。
 それから波瑠の家庭では、しばらくの間は収入は無かった、家庭の生活は苦しかった。
 親父は毎晩酒をあびるように飲んだ。そしてとうとう一年後に肝臓を破裂させ死んでしまった。
「父さんは遠藤の話に乗らなければこんなことにはならなかった。遠藤が憎い、お前たちにも苦労をさせてしまってすまない」
 と、言っていた母も、親父が死んでから一年後、腎臓病を拗らして死んでしまった。
 残されたのは、長男正徳十九才、長女歌子十七才、卓次十二才。まだ世渡りを知らない三兄弟達であった。

 
  それから三十数年経った
 料亭『いな吟』の上がり座敷では、甚行和尚(正德)が酒を飲んでいる。待ちに待った、詐欺師遠藤誠がとうとう現れたのだ。
 甚行和尚はカウンター越しに、女将(歌子)と話をしている。今カウンターにいる遠藤が話に乗って来ることを期待しながら…
 子供のころに見た遠藤と今の遠藤、大分太っている。六十過ぎたころか、相変わらず悪行は続けている奴だ。
「甚行さんは、もう明日お帰りになるんですか、早いものですね一週間は。ところで例のお品は見つかりましたんですか?」
 と、女将はカウンターの隅にいる遠藤に聞こえるくらいの声で甚行和尚に話しかける。
「見つかりませんでした。ただ川辺のどなたかがお持ちだ、ということだけでね……」
「すごいことですよね、そのご仏像様…、私も一度でいいから見てみたいわ」
 甚行和尚にお酌をしながら、遠藤の反応をうかがいながら女将は言った。
「そのご仏像様を千二百万円で買ってくれるんですって?甚行さんは」
 その金額に驚いたふりをする。その話をカウンターで聞いていた遠藤は、
「ウプッ」酒にむせた。千二百万円、と聞いたからだった。
「いえいぇ、もっと出してもいいくらいなんですよ、その純金のご仏像様はご本山にはお似合いなんですからね、ぜひとも欲しいものですがね~」
「へぇ~、でもすごいことですよね。一度でいいから拝まさせて頂きたいものですわ」
「はっはっは~、実物がないことにはどうしょうもありませんな~」

 遠藤は、とうとうしびれを切らして動いた。甚行に話しかけて来た。
「初めまして、私はこういう者でして」
 勝手に座敷に上がり、甚行の前に座って名刺を出した。
 女将は自分の役目がうまくいったことに、ホッとし次の料理を拵えている。
『遠藤商事 遠藤誠』名刺の裏には、『骨董品,家畜高く買い取り』などと書かれている。
 遠藤は、
「そういえば、昨日もたしかお見かけしましたね、このお席で」
 遠藤は昨日もこの店に来ていて女将と和尚の話を聞いていたのだ。
 名刺をみた甚行は、
「あぁ私も覚えておりますよ、あなたも確か今のお席にいらしたことを、ははは~そうですか、先ずはよろしく,
よろしかったらお近づきのしるしに」
 干した猪口を遠藤にのべた。
「こりゃぁどうも」
 遠藤は受けた。
 遠藤は女将に銚子を追加した。
 二人は世間話をしていたが、遠藤はさっきの仏像の話を早くしたかった。
 我慢しきれず、遠藤から切り出す。
「ところで先ほど、盗み耳をしてしまいましたが、そのお仏像様というのは…どんなものでしょう、私も商売柄それほどのお品と聞けば放っておけない性質(たち)でしてね、お探しにお力になれたら幸いかと…」
 ―― おっ来た来た詐欺師遠藤め ――
「おぉそうですか、遠藤さんですね、遠藤さんだったら、探していただけるかも知れませんねぇ」
 遠藤と甚行は話が弾んだ。

 その品物というのは、八十センチほどの純金の仏像で時価、千二百万円するという代物で、川辺のどこかの家で保存してあるという噂を立て、実物は川辺風張部落の梶谷家で保管しているということに、元波瑠家のあの三兄弟が設定したのであった。

「甚行和尚さんは明日お帰りになるとお聞きしましたが、どうですかお帰りをあと一日だけ伸ばしてみませんか、私がきっとその品物を探して差し上げましょう」
「これはこれは遠藤さん、お名前通り、誠にお力強いお言葉。どうせ私もご本山に急いで帰っても要のないようなもの、お言葉に甘えて見ましょうかね。」
 遠藤に頭を下げた。
 ということで、甚行は、鶴見のご本山総持寺へ帰るのを一日延ばすことにした。
 ―― うまく引っかかったものだこの詐欺師遠藤め、この日が来るのをどれほど待ったことか ――

 翌日一番、遠藤は川辺にある梶谷卓次宅を訪ねていた。
 遠藤は、川辺の或る宅にその仏像があることは昨日までは知らなかった。昨夜川辺地区を歩き、梶谷宅の下調べをしていたのだった。
 
 早朝梶谷宅を訪れた遠藤は、勝手に戸をあけた。
「おはようございます、朝早くからお忙しいところ、申し訳ございませんが…」
 梶谷卓次は、待ってましたとばかりに遠藤を迎えた。わざと気難しい顔をして出てくる。
 夕べ、甚行から、「遠藤が明日そちらに回ると思うからうまくやれ」という連絡が来ていた。
「こちら様には、とてもめづらしいご仏像様がお在りと聞いてきたんですが」
 遠藤は名刺を出した。
 卓次は名刺をじっくりみたふりをした後、鷹揚に遠藤の足の底から頭のてっぺんまで眺める。
「だからどうしたと言うのだ」
 不愛想なふりをする。
「よろしかったら仏像を拝見させてもらい、拝ませていただいてもよろしゅうございましょうか」
 遠藤は揉み手なんかしている。
「あんたが拝んでどうするのじゃ」
「えぇ私も商売上、全国を歩いておりますが、灯台下暗し、梶谷さん宅に特別のご仏像様があるとは知らず、とくにとくに拝まして貰わないと後で…後悔の念に、と思い」
 詐欺師は海千山千至るところでの会話の術を心得ている。
 ―― 何言ってんだこの詐欺師めが ――  
 卓次は可笑しさを堪えながら、
「よし見せてやるよ、その代りその仏像が本物かどうかあんたによく見てもらいたい。あんたなら分かるだろう純金かどうか。それからな、あんたのような人がしょっちゅう来てうるさくてかなわん、よかったらあんたに持って行って貰いたいね」
 そう言って遠藤を中に入れた。
 遠藤は、これ以上の幸せが在るものかと言う満面の笑みになった。笑みの遠藤は早くも、捕らぬ狸の皮算用を始めた。二百万円位で梶谷から受け取れたら一生何もしないで食っていける金が入る、そしたらハワイあたりに別荘でも持って……。いやいや先ずは品物を見て、事がうまく運んでからのことだ。
 卓次は座敷のテーブルに遠藤を待たせ、奥に行き、桐箱を持ってきた。遠藤と向かい合いテーブルに仏像の入っている箱を丁寧に置いた。
「これですよ、私は純金か別物か分からない、あんたならわかるだろう」
 と言って仏像を遠藤の方に向けた。
 遠藤は蓋を開けようとすると、卓次は無言で遠藤の手を思いっきりひっ叩いた。
 ―― 何とも言えない優越感を感じる ――
 合掌してから手をつけるものだ、と言った。
 卓次は遠藤から箱をとり戻し、合掌した後、箱から仏像を丁寧に取り出し遠藤の前に置いた。
 遠藤も合掌をして仏像を手に持った。
 角度を変えながらしばらく眺めていたが、実際遠藤には純金かどうかはっきりとは見分けが付かなかった。しかし重みからして金には間違いはない、和尚の言ってた品物には間違えないから純金だろうと思った。
 遠藤は思った。目の前にいるこの田舎者には所詮要のない物、しかも金か銀も見分けらない度素人だ。
 心で笑い、
「これはこれは立派なものですね、しかし純金ではございませんねぇ」
 と言い、さらに調べるふりをしながら、
「う~ん、でも彫はしっかりしていますし、う~ん百二十…三十、、ん~ん」
 値の付け方は難しいんだというような顔をして。
「梶谷さん、私が多めに見まして、二百万でどうでしょう」
 その仏像は純金ではないのが正解だった。ほぼ純金に近いように精巧に作られたもので、実際には一万円程度のものだった。
 遠藤は純金だろうが何だろうがどうしてもほしかった。あの和尚に千二百万円で渡せるからである
 ところが、卓次はわざと、ムッとしたふりをして。
「遠藤さん、二百は無いでしょう、桁違いではないですか?この近くの住職は「七百万以下では出すな」と言われておる、今まで何人か来たが、七百以上出す人もおる。今のあんたの二百にはがっかりだね、帰ってくれっ、ど素人が莫迦にしやがって」
 怒ったふりをして、遠藤から仏像をとりあげて箱に仕舞うふりをする。
 遠藤は、…しまったケチリ過ぎたかな…、と思った。今までもこれで失敗したことが何度かあったものだ。
 遠藤は慌てて。
「あぁ、ちょっちょっと待ってください。もう一度見させてください。これはこれは私の見誤りかと思います」
 遠藤は自分の失敗に反省した。次の手を考えながら仏像を手に取って再度眺めた。
 これを甚行和尚に持っていけば千二百万で渡せる、思い切って七百万出そう、それでも夢のような五百万の利益になるのだから。
「はっは~本当に本当に誠に誠に申し訳ございません、先ほどの愚弄お許しください、ご仏像様は確かに純金に間違いございません、誠に失礼をば、申し分けございませんでした」
 遠藤は仏像に再度合掌して、仏像の置いてあるテーブルに額を摺りつけた。
「いいんだよ、いいんだ、あんたはすぐに反省できる人だ、七百五十万で持っていけ」
「えっ七百では?」
「何言ってんだ、七百五十の人は他に三人もいるんだよ、なら先の人のほうが優先だろうが。その人と張り合うか?」
 遠藤は、こんないい儲けを他人には絶対に渡したくはなかった。
「いえいえ、分かりました、七百五十万円ということで私に…。では明日早速もの(お金)をご用意いたします」
「いや今日中にだ、わしはなぁ明日から沖縄の方にちょっとな…。今日三時ってところでどうだ」
 遠藤は、まぁ忙しいことだが、何とかしましようということになった。
「はい、では何とか三時までにはご用意しますので…。いや~梶谷様にはかないませんなぁ、はははは」
 遠藤はお世辞わらいをしているが、遠藤は詐欺師で名が知れていて小切手、手形を使うことのできない身でもある。今から資金繰りをしなくてはならない。それが少し心配であった。
「当り前よ、紙切れに書いたものは信用しないわしは、現金だ」
 遠藤は仕方なく従った。
 卓次は自分の芝居がうまく行き過ぎて、可笑しさを必死に堪えていた。

 遠藤は資金繰りに東奔西走した。銀行預金は八十万円ほどあったがそれでは全然足りない、詐欺で手に入れた農家に預けてある牛、馬なども抵当に入れても、二百万そこそこ、あとの足りない分は豪華な家屋、家財を抵当に入れサラ金業者から融通してもらうことにした。すぐに返えせば利息は大したことはないものだ、四百万以上の利益が出るんだから…。
 ※ 当時の一般家庭の年収は、三万円~五万円の時代である。宝くじの一等賞金は、五百万円の時代であった。

 午後三時半、遠藤は汗を拭き拭き、七百五十万円を持って梶谷家に駆け込んだ。
 卓次は、「遅かったな~」と腕時計を見ながら、わざと小言をいい、舌打ちなどをして遠藤から紙袋を受け取った。
「確かめさせてもらう」
 などと言いながら聖徳太子(1,000円)7500枚)を徐に数え始めた。
 ゆっくり数える卓次に、遠藤はイライラしている。 
 ―― 早くしろ、そんな大金をお前が持っててどうする、いちいち数えなくたって間違えなくあるから、早く仏像を渡せ ――
 卓次は、時々指に大量の唾をつけ、20分ほどかけて数え終えた。
「確かに七百五十万円あります」
 もう一度仏像を確かめ、仏像に別れ惜しむふりをして合掌をし、桐箱に収めた」
 卓次は桐箱を大事に抱え、表に停車している遠藤の車に運んだ。
 卓次は。
「座席よりはトランクの方がいい、とにかく安全に運んでください。」
 と言った。
 ―― いつまでも小うるさい、もうすぐうるさい親父から解放されるんだ、最後まで我慢しよう ――
 運転席からトランクの開放レバーを引く。後ろへまわりトランクの荷物を寄せ仏像の置くスペースを作る。
 このとき、遠藤の死角をついて、用意してあった別の桐箱が座席に置かれた。
 本当は遠藤に、この一万円の仏像さえ渡したくなかった。コンクリートで作ったものに金箔を貼った仏像を用意しておいたのだった。
 遠藤は偽の仏像を座席からトランクに移した。急いでいる遠藤には仏像に違和感を感じる余裕はなかった。
 トランクを閉める前に、二人は丁寧に合掌する。
 遠藤は、いつまでもうるさい親父に最後の挨拶を丁寧にした。
 後はあの和尚に、千二百万円で渡すだけだ。
『いな吟』に車を飛ばした。
 遠藤を見送った卓次は、作戦も演技もうまく行き過ぎて怖いくらいだった。
 
 料亭『いな吟』では甚行和尚が遠藤を待っていた。
「こっちはうまくいった、そっちもうまくやれよ」
 と、卓次から電話が来ていた。
 偽仏像の入った桐箱を抱えた遠藤が息を切らしながら『いな吟』の暖簾を割って入る。
 「ほう、待ってましたよ。さすがは遠藤さんですな、まっさぁさぁ、仏像は後でゆっくり拝見させてもらうことにして、さぁさぁこちらへ、お疲れになったでしょうな」
 甚行は遠藤の苦労を労い料理を出した。女将も料理を拵えながら、早く仏像を見てみたいという。甚行は、
「それは今は出来ません、ご本山で魂入れをしてからゆっくりご覧いただきましょう」
 なんて言っている。
 甚行は、遠藤に、
「千二百万円に少し色を付けましょう。あぁやっと手にすることができました~遠藤さんのおかげでね、ありがとうございます」
 遠藤はこの上ない笑みを浮かべ甚行の酌に猪口を飲みほした。遠藤はこの夜はいくら飲んでも酔いが回らなかった。
 甚行は遠藤に、鶴見の大本山に同行してもらえないかとお願いをした。ご本山に設置場所をいただいて、遠藤にそれを確認して貰ってから、その時にお金とお礼のものを渡す、と言った。
 遠藤は了解はした、が…。今夜現金と仏像を交換できるものと思っていた。仏道には面倒くさい決まりごとがあるものだな、と思いながら、甚行のお酌を受けご本山行を了承した。
 明日、仏像は遠藤の車で横浜市鶴見の大本山総持寺へ運ばれることになった。

 翌朝一番、気分爽快な遠藤の運転で、甚行、偽仏像は国道四号線を横浜に向かった。晴天だった。
「ご仏像様のお旅には、真に絶好の日和ですねぇ」
 などと言いながら遠藤はクラウンのアクセルを軽快に踏む。

 途中、甚行和尚は、
「どっかのドライブインで昼食をとりましよう」
と言った。
 岩手に入り、水沢ドライブイン、というところで車をとめた。
 甚行和尚は、
「仏像様にもお水でも差し上げたいですね、私がもらってきますから、そのあと私たちの食事だ」
と言って、遠藤に桐の箱の蓋を開けるように言った。
 遠藤は、 
 ―― こんなことをいちいちやって何の意味があるんだよ、ばか ―― 
 と、言いたかったが、儲けのことを考えれば、と我慢をして甚行に従った。
 遠藤は合掌してから桐箱の蓋に紐を解く。
 甚行は仏像を見るのが今が初めてだというふりをしている。
 桐箱の紐が解かれた。
 手を合わせようとした甚行は、仏像に何か違和感を感じたふりをする。
「遠藤さん、これがあのご仏像さんに間違えないですか」
「はい、そうですが、どうしてですか?」
「ちょっと箱から取り出してよく見せてくれませんか」
 遠藤は桐箱から仏像を取り出す。このとき!遠藤は初めて仏像に違和感を感じた。
「えっあっ~これは…」
 遠藤でもこれは昨日のあの時の仏像ではないことがはっきり分かった。
「遠藤さん、これが純金の例のご仏像さんというのですか、これが?」
 遠藤の顔が蒼白になった。
「遠藤さん、どうゆうことなんですか?どうしてこんなものを、説明してください」
 どこかで摺り替えられた…、どこで、どうして、どうゆうことだ。遠藤には説明ができなかった。
「遠藤さん、苟も仏を使って私を騙そうなんて…、私もとんでもない方にお会いしたものですなぁ」
 その場に座り込んだ遠藤は、パトカーが来るまで呆然として空を見上げていた。 

 梶谷家は元々は波瑠家である。昭和三十四年に波瑠家三人兄弟が協議のうえ、梶谷性を名乗ることにしたものだった。この物語はその三人が演出したものである。出演者は仮名だが、ノンフィクションである。

     長男 正德(甚行和尚役)
     長女 歌子(いな吟の女将役)
     次男 卓次(梶谷家の主人役)    
     遠藤 誠  訴訟十数件を抱え最後の仏像事件で獄中、昭和59年獄中死