祭の音

♪太鼓の話♪

 鍛冶町には八戸三社大祭の山車組の中でも一二を誇るでっかい大太鼓があります。
現在使っている大太鼓は昭和28年に作られました。作者は金橋健次郎氏、太鼓の皮の張り替えの際、胴の内側に「昭和28年8月」「鍛冶町親和会」の文字が書いてあったそうです。
胴の素材はトチノキ。
トチノキはなかなかまん丸に太く育つことがないらしく、鍛冶町の太鼓の太さくらい太い木は大変珍しいそうです。太鼓の大きさはといいますと、革の部分が二尺七寸。胴回りの一番太いところは約三尺もあります。重さも相当あって大人二〜三人でようやく持てるくらい。
結婚式のお祝いなどで会場まで運ぶときも、エレベーターに入らず階段を5〜6人でよっこらしょと運びます。
そんな太鼓ですから叩くのも相当体力もいりまして、なれない人が叩くと太鼓の反発でバチを持つ手の皮がものの2〜3分でべろりんと剥けてしまいます。
大太鼓を叩くお囃子の人は何度も何度も手の皮をむき、自然に体で力加減を覚えていきます。
良く「太鼓は腰でたたけ」と言いますが、鍛冶町の太鼓もまさに腰。太く大きな太鼓のばちを体全体で振り下ろし、腕で円を描くように大きくたたきます。晴れの舞台では鍛冶町の太鼓の音が通りのずっと先まではっきりと響きます。大太鼓たたきは今でも祭の一番の花形です。

 

♪笛の話♪

鍛冶町には通称「日赤のアヤさん」という笛の名人がいました。昔、鍛冶町の南の外れに日赤病院がありまして、アヤとは八戸の方言でオヤジさんのこと、つまり「日赤に勤めていたオヤジさん」と言うことです。
名前は工藤さんという方で、もう亡くなって何十年も経っているもので、アヤさんの名を知っている人は今ではもうほとんどいなくなってしまいました。
しかし、この「アヤ」さんと言う人はすごい方で、我が郷土の芥川賞作家、三浦哲朗氏が「八戸に哀調を帯びた笛の名人あり」と絶賛した人で、以前、三浦哲朗氏のラジオ小説が放送になったとき、スタジオに呼ばれ自ら笛を吹き演奏をしたと言う伝説的な笛の名人です。
その「アヤ」さんの唯一の弟子、それが現在の鍛冶町お囃子の相談役をしている山田一夫さんなんです。
鍛冶町では名人アヤさんの流れをくむ笛をいまだにずっと伝承しております。

 

♪かけ声の話♪

 祭の囃子は大太鼓1・小太鼓5・笛10〜20人ほどで編成されています。昔は笛吹きも2〜3人で山車の上に乗って吹いておりました。しかし祭が大きくなるにつれて笛吹の人数も5人・10人と多くなり今では山車の前、綱の間を整列して歩きながら笛を吹いております。
 子供たちはと言いますとお囃子に会わせて大声でかけ声を掛けます。かけ声も色々ありまして、お祭共通のかけ声や、組独特のかけ声、即興のかけ声など様々あります。

祭共通のかけ声はといいますと
「ヤーレ ヤーレ ヤーレ ヤーレー〜♪」が有名ですが、正確には

「♪ヨーイ ヨーイ ヨイサー ヨイサー
   ヨイサーの セー  ァヤーレ ヤーレ ヤーレ ヤーレー〜♪」となります。

そして「ァもひとつおまけに ヤーレ ヤーレ ヤーレ ヤーレー〜♪」
と続きます。(も一つおまけ...って言うところが 面白いでしょう)

このほかに
「鍛冶町だ 鍛冶町だ ヤーレ ヤーレ ヤーレ ヤーレー〜♪」とか
「ヨーエッサ ヨエサ ヨーエッサ ヨエサ。ァヤーレ ヤーレ ヤーレ ヤーレー〜♪」
「鍛冶町のお通り ヤーレ ヤーレ ヤーレ ヤーレー〜♪」
「元気出せ 元気だっせ! ヤーレ ヤーレ ヤーレ ヤーレー〜♪」
などと、小太鼓の子供たちがその時の気持ちを声に出して叫びます。
(※ァが大事ですよ。ここポイントです)
今度山車を見たときは子供たちがなんと叫んでいるのか、ちゃんと聞いてみてはいかがですか。
ああ...もうドキドキしてきました。綱を引っ張りたいよー!

お囃子サンプル (2.3MB)

↑お囃子がちょっぴり聴けますよ!!