祭りでご祝儀をもらった家の前で山車を止めて「♪めでた〜めでたの〜…..♪」と歌う音頭。鍛冶町にはこんな由来がある。
むかし市内三日町に若松旅館という大きな旅館があった。その若松旅館の奥様が鍛冶町出身の方で、明治30年の火災の折りに鍛冶町の消防に世話になったお礼にと纏の寄贈があった。
それから祭りや出初めの時には必ず纏を先頭に木遣りを上げ、 「めでためでたの若松様よ〜…♪」と歌うようになった。
それからもう一つ鍛冶町にはこんな話もある。
八戸の消防に「奴振り」の纏振りを広めた大友長兵衛という人がいた。この人は元江戸の火消しであったが故合って鍛冶町に住まいすることになり、鍛冶町の消防に迎えられた。彼の振る纏はそれは見事で、八戸中の火消しの若い衆達はこぞってこの纏振りを真似たものだった。
当時お祭りは消防が中心となって行っていたためお互いに他の消防屯所の前を通る時には必ず挨拶をした。その時に上げる音頭の歌詞は「江戸で生まれて神田で育つ。今じゃ火消しのよ〜ぇ、纏持ち〜いぇ−♪」と声高らかに歌う。大友長兵衛のことである。