H16年度の山車

日本武尊・熊襲征伐

(ヤマトタケル・クマソセイバツ)


解説
 日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は数ある日本の神話の中でも最も武力に優れた英雄の一人です。この物語で日本武尊は、大和朝廷が急速に日本の国を治める頃に活躍し、数々の苦難に遭遇しながらもそれを切り抜け、しかしながら最後には力つきて倒れる悲劇の主人公として描かれています。
「古事記」「日本書紀」などに書かれた話の中で、最も長くまた有名な物語の一つで、市川猿之助によるスーパー歌舞伎などでも何度も上演され一躍有名になりました。
 日本武尊は景行天皇を父とし双子の兄弟の弟として生まれました。少年の頃は容姿端麗であり、しかし美しい姿とは反対にとても激しい気性を持つ人でした。
 ある時、父に対し従順でない兄大碓命を殺してしまいそのたけだけしい気性を恐れた父は日本の各地にいる多くの朝廷に従わぬ者達の征伐に一人向かわせるのでした。
物語
昔、日本武尊は幼名を小碓命(オウスノミコト)といい、たいそう武勇に秀でておりましたが、気性も激しく、父である景行天皇に対し従順でない自分の兄をその怪力で殺害してしまいました。父はその気性の激しさを恐ろしく思い、九州の熊襲建(クマソタケル)の討伐を命じました。九州に向かう時に叔母の倭比売命(ヤマトヒメノミコト)から小袖と懐剣をもらい小碓命は一人九州へと向かいます。
 熊襲建(クマソタケル)兄弟は九州一の豪族で、ちょうど大きな家を新築し祝の宴の真っ最中でした。小碓命は叔母から貰った小袖を着、髪を女のように下げ宴の中に紛れ込みました。祝の酒を飲んで上機嫌の熊襲兄弟の前に出て女に化けて気を引きそばに近づくと熊襲建の兄を懐の懐剣で斬り殺してしまいました。それを見て驚き外に逃げる弟も後を追いかけ見事に討ち取りました。弟は息を引き取る間際に「西方には自分たち兄弟より強い者はいるはずはない」と言い、倭(ヤマト)の国から来た小碓命に 建(タケル)の名を名乗って欲しいと願いました。
 その後も倭建命(ヤマトタケルノミコト)は奈良の宮に帰還の途中にも山神(ヤマノカミ)河神(カワノカミ)穴戸神(アナトノカミ)などを征伐し国を平定しました。

 

H15年度の山車