
筆者が利用してみて納得するものを、筆者の独断で勝手に載せるものであるから、無報酬・無責任である。
現代、大都市ばかりでなく地方の都市でも、市民生活は次第に都市型になってきている。それだけ、土や自然から遠ざかってきたのである。しかし、人間が生物である限り自然回帰の本能が生きている。そこで、人々は生活の中に、土や自然を取り入れて心を癒やそうといろいろ試みる。滞在型の旅行、体験学習型の修学旅行等。特に、各家庭で気楽に参加出来る観光農園は盛んになるだろう。
(上ノ山観光リンゴ園の開園風景)
★来年のリンゴの木オーナーを募集しています。
要項ーリンゴの木1本選んで1年間オーナー契約をします。
オーナーのする仕事は・5月上旬、こぼれんばかりの満開の花の下でご家族の花見ができます。・6月、摘果(実すぐり)の作業をします。これは実の数を少なくして大きなリンゴにするためです。・10月、葉もぎの作業をします。これは全部の実によく光を当てて、美味しいリンゴを作るためです。・11月上旬から収穫できます。
当園では、矮化無袋栽培ですから作業がし易く美味しいリンゴが出来ます。
園主の方でする仕事は、枝の剪定、施肥、消毒、下草刈りなどです。
詳細は下記の当園までお電話ください。
★観光リンゴ園を開いていますー期間は11月1日から15日まで。種類はフジ・オウリン・その他です。遠方の方には発送も致します。
場所は、下図を見てください。団体さんは、電話予約をお願いします。簡単な野外炊事も出来ます。
★観光サクランボ園を開いていますー期間は、6月下旬から7月中旬までです。
ご希望の方は、あらかじめ当園までお電話をお願いします。
◎サクランボが枝いっぱいたわわに実っています。甘い品種佐藤錦も食べ頃です。期間は今月半ば頃までです。ご家族や団体でおいでになって採っていただければ、此方も助かりますので大サービスをします。勿論お一人でも同様です。どうぞおいでください。
★観光ブルーベリー園を開いていますー期間は、7月20日頃から8月中旬までです。ご希望の方は、あらかじめ当園までお電話をお願いします。
◎今年は天候にも恵まれて、ブルーベリーが豊作です。当園では、7月17日から収穫を始めました。待ちかねたようにお客さんがおいでになって、思い思いに散らばって摘み採りを楽しんでいました。8月20日頃までは続くと思います。その場で食べる分はいくら食べてもサービスです。又、電話の注文に応じて発送もしています。近年、ブルーベリーの栄養学的効用が再認識されてきました。それに他の果物と違って冷凍保存が利きますので、広く活用されるようになりました。どうぞお気軽に当園をご利用ください。
★★上ノ山観光果樹園(修学旅行民宿上ノ山)★★
★青森県八戸市南郷区大字島守字上旦平1の1 ・電話 0178−83−2926(夜間7時〜9時頃お願いします)
★園主 上ノ山重治
● 補聴器のアフターケアに力を入れています
高い補聴器を買ったけれども、どうにも馴染めなくて使っていないと言う話をよく聞きます。補聴器は入れ歯と同じで、その後の微調整が大切です。当店では老人が多いので此方からご家庭やホームを訪問して相談しています。なかには聞こえなくなったので使っていないと言う方もいます。検査してみると、難聴が進んで再度基本から調整しなければならないようなケースもあります。当店では補聴器を無理なく日常使っていただくためにアフターケアに力を入れています。何方でも結構でございます、お電話を下されば誠意を持ってご相談に応じます。
*田舎育ちの小生は床屋が大嫌いであった。家には古いバリカンがあった。時々親父が子供たちを縁側に座らせて、首に風呂敷を巻き頭を鷲掴みにして見事な虎刈りをしてくれた。何本かの毛をむしり取るのがポロットするぐらい痛かった。学校の坂を下った所に只1軒床屋があった。夕方通るとたいてい大人達が数人集まって将棋などやっていた。田舎では床屋にかかる上流人種は少なくて床屋さんは暇だったのである。そこは男達の社交場として、温かい雰囲気があったでしょう。平中のだるまさんも、ご夫婦の気さくな人柄もあって、暖かい雰囲気がある。床屋嫌いの小生も時々参上している次第である。主人は、東京の(だるま)という大きな床屋で修業をつみ、師匠上がりをして帰るとき「だるま」を暖簾分けしてもらった由である。奥さんは、遠く大阪で修業したそうである。それだけに2人とも技術は確かなものを持っているようである。小生にはもう一つの魅力がある。それは出してくれるコーヒーの美味しさである。ガーとミキサーの音がしているが、カップから匂う香りもよい。皆さんも一度味わってみてはいかがですか。
当店のマスコットです
・平成21年ー初日の出(洋野町有家にて)
当人は、子供時代から手先が器用で工作が得意であった。中学3年の時、文化祭出品の工作があった。みんな本立てを作っている中、当人だけは特別に椅子を作っていた。それが見事なもので、担当の教師が驚いていたものである。学力も相応にあって県立高校は確実であった。ただ経済的に恵まれず、卒業と同時に某木工所に住み込みで弟子入りした。当時は、そういう子どもが結構いたものである。彼らが縁の下を支えて敗戦後の復興がなされたとも言える。5年間修業で独立。暫時、製材所の建具製作を手伝ってからいよいよ独立。高野木工所設立(昭和38年)。間もなく、病院の隣で騒音が問題になり現在地に移転。創業以来47年となる。その間、技能士1級、指導員の資格を取り、弟子6人を養成している。また、県主催の品評会には、ふすま欄間など出して優秀賞を貰っている。国の段階は、経費が莫大でとても及ばず悔しかったらしい。当人は、まだまだ生涯現役で頑張っている。(こっそり言うと昔堅気で息子に及ばない商売もあるらしい)。 周囲の空き地はすべて花畑である。花の種類、色などの組み合わせが絶妙である。これはすべて奥さんの手づくりである。木偶の小生もなぜか花が好きで、楽しませてもらっている。