表 紙 りんかく 名の由来 手文庫 みそひともじ 徒然の記 御伽草子 玉手箱 硯 箱 手習日記

手 文 庫 よ り
父、平州・・・
 私にとって、父の文章は宝物である。
 ここに集めたものは、是川時代に父が妹に送った手紙や、フロッピーに気儘に書き留めた身辺雑記ばかりで、多分父にとってはさほど重要な書き物ではなかった筈だ。たまたまプリントアウトしてあったものを、その場に居合わせた私が、「お父さん、これ貰うよ。」と気軽に貰ってきたものだったらしい。私は何気に書かれた父の文章が大好きで、何度も読み返しては、其の度に新たな感動に浸っていたのだった。
 しかし、感熱紙に印刷したそれは、日が経つごとに黄ばんで字も薄れ、かなり読みづらいものとなっていった。
 父のプロッピーには、おそらく膨大な手紙・エッセイ・日記等が書き溜められているに違いない。しかし、ワープロの古い機種で使われたフロッピーは、残念なことに私には最早開く術がないのだ。
 せめて、私が持っている紙切れの分だけでも、残しておかなければ、という思いで、父のアンソロジーを編集してみることとなった。いわば、父と娘のコラボレーション作品集である。
 これらのタイトルも、私が勝手につけさせていただいた。父はあるいは天国で、「勝手に変なタイトルつけるんじゃぁないよ!」と憤慨してるやも知れぬ。いや、それ以前に、とっくにゴミ箱にいっていた筈の紙切れが、このように印刷されて皆の目に触れることになろうとは、夢想だにしなかったに違いない。父は今頃、天国で卒倒してるのかも知れぬ。
 しかし、お許しあれ!偉大なる父よ!
 私は貴方からいただいた宝物を、みんなに自慢したかっただけなのだ。そして、ひとりでも多くの人々に、貴方の素晴らしさを知ってもらいたかったのだ。
 なぜならば、私は、いつまでもどこまでも、貴方に愛された娘なのだから!

 
手紙やら、エッセイやら、形式も様式もさまざまではあるが、先ずは筆名「平州」、雅号「不覺」と称した父の文章をとくとご堪能いただければ幸いである。
玉手箱 −父と娘のコラボ作品− 
「負け犬の遠吠え集」

当節、はやりの「負け犬」という言葉ですが、父は15年以上前から、自らを「負け犬」と称して、こんなエッセイを書いていました。
お茶目で、愛嬌たっぷりのエッセイは、また新たな父の一面を見せ付けてくれています。
「トザイ 東西〜」

父が何気に記していた身辺雑記に手を加え、このような冊子に仕上げました。
「誤読の周辺」

八戸に転居して間もなくの頃の、父のエッセイです。
この頃の父は「ベレー・是川」というペンネームを使用していました。
「露の命」

雅号「不覺」、父の詩や短歌や俳句がびっしりと詰まっています。
原稿用紙には、まだ手が自由だった頃の父の達筆な文字が踊っています。
父の筆跡をみていると、何故か胸がいっぱいになり、涙が溢れてきます。
それが、一層、父の作品を際立たせています。
「−手さぐりクラシック音楽手引き− モーツァルトの生きた時代」

モーツァルトを愛してやまない父の論文です。
アイネ・クライネ・ナハトムジィクを、特に好んで聞いていた父の背中が思い出されてなりません。